帰ってきたウルトラマン
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本作品が製作された背景には、1970年に再放送された前3作品『ウルトラQ』『ウルトラマン』『ウルトラセブン』が高視聴率を得たこと[3]フジテレビ出版(後に株式会社 万創へ継承)の「飛び出す絵本」をはじめとした関連書籍[4]ブルマァクソフビ人形などの関連商品が好調だったこと[5]や、『ウルトラファイト』(1970年)の好反響などがあった[6]

本作品の企画は、1969年4月28日に印刷された企画書[7]『特撮怪獣シリーズ/続ウルトラマン』から始まり、ウルトラマンとMATが復活した怪獣と戦う基本線はこの時点で確立している[出典 1]。同企画書は『ウルトラマン』から約30年後の地球にウルトラマンが帰ってくるという設定で[出典 2]、現存する第3話までの企画書には科学特捜隊から引退して久しいムラマツやハヤタが登場し、ウルトラマンと一体化したバン・ヒデキ(晩日出輝)がベーターカプセルで変身するなど、初代ウルトラマンを強く意識したものであった[出典 3]

当初は初代ウルトラマンが帰ってくるという設定であったためにタイトルが『帰ってきたウルトラマン』となったが、商品化展開を踏まえると別人にすべきだというスポンサーの都合でこの設定は没となり、最終的に別人となった[10]。『帰ってきたウルトラマン』は生前の円谷英二によって命名されたと言われる[出典 4]

続く企画書『帰って来たウルトラマン』では、北海道のカドクラ牧場で働くバンを慕う牧場主の子供のカオル、マサユキ姉弟や特訓による必殺技の獲得などの要素が盛り込まれたが、バンはウルトラマンの仮の姿という扱いであった[出典 5]。企画書としてはこれが最終稿であるが、最終的なストーリーはプロデューサーの橋本洋二と脚本家・上原正三との間で詰められた[8]。そして、橋本と上原、熊谷健円谷一の間で討議が重ねられ、『ウルトラマン』の続編の色が強かった企画案とは違い、ウルトラマンの力を得た未熟な青年がMAT内の摩擦の中で成長していく橋本が得意とする人間ドラマを主体とした物語となった[13]。これにより、企画の決定は1970年末、または1971年早々までずれ込むことになった。そして、1971年2月6日にクランクインしたが[12]、結果として、前年10?11月までに準備しなければならないタケダアワーでの放送は断念され、TBSが直接管理していた複数スポンサー枠の金曜19時台に放送されることになった[5]
物語の展開
初期の展開

『ウルトラマン』の主人公・ハヤタが人間的な隙のないヒーローとして描かれ、『ウルトラセブン』の主人公・モロボシ・ダンも私生活まで踏み込んだ演出は行われなかった。しかし、本作品の主人公・郷秀樹は、レーサー志望の平凡な一市民として設定され、私生活面では彼の家族的な立場である坂田兄弟がレギュラーとして登場する[10]。また、主人公がウルトラマンとしての能力に慢心したり、超能力を持つゆえにMAT隊員と軋轢を生むなど、日常的な困難を乗り越えるための努力が強調された。変身後のウルトラマンもしばしば怪獣に対して苦戦したり敗北したりしている。こうした作劇が、後年の評論で「人間ウルトラマン」と呼ばれている[14]。これについてメインライターの上原正三は、『ウルトラマン』と同じようなことをやろうとしても模倣にしかなりえないため、差別化として崇高さのある初代ウルトラマンに対し子供と同じ目線にし、『柔道一直線』のような未熟な若者が組織や戦いの中で鍛えられ成長していく様を描いたと述べている[15]


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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