巡洋戦艦
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^ 巡洋戰艦附装甲巡洋艦 過去二十五年間の期間に於て我海軍にて建造されました巡洋戰艦と名のつく艦は四隻一一〇,〇〇〇噸馬力二五六,〇〇〇 装甲巡洋艦と云はれて居りますのが十二隻一二九,二四一噸馬力二二七,七五〇(此中に日進春日を含んで居ります)であります。
一體巡洋戰艦と云ふ語は合の子の語でありまして英國海軍に於て「ドレッドノート」に次で「インフレッキシブル」級と申して艦種は弩級に属し同時に速力二十五節と云ふ快速の装甲巡洋艦を造りました頃から用いられた語でありまして戰艦の攻撃力と巡洋艦の速力とを併有する艦と云ふたのであります 其の意味から申しますると我海軍の筑波生駒は蓋し巡洋戰艦の元祖であります 唯其時代には左様云ふ語が使はれなかったと云ふ丈であります 此巡洋戰艦と云ふものも元々装甲巡洋艦の一種でありますから茲には便宜上装甲巡洋艦と一緒に御話致します。(以下略)[2]
^ a b (中略)茲で話を巡洋戰艦に移さねばなりません[4]。日露戰爭に三笠等の主力艦隊と協同して活躍した我が一等巡洋艦は、淺間・常磐・八雲・吾妻・出雲・磐手の六隻でした。そして之等巡洋艦を戰爭に使つた結果に基いて建造されたのが筑波生駒であつて、之はそれ迄の巡洋艦主砲二十糎の代りに戰艦と同じ三十糎砲を主砲としたもの、後の巡洋戰艦の先驅となつたものであります。此の巡洋艦種の發達の經路は戰艦と同様であつて、例を我が國に取れば主砲四門だけの筑波型の次に三十糎主砲四門と副砲の間に二十糎砲八門を装備した鞍馬伊吹が造られました。然し弩級竝に超弩級戰艦の出現は巡洋艦種にも甚大な影響を齎し、遂に巡洋艦でもあり戰艦でもある我が金剛級英國のライオン等が出現して巡洋戰艦と呼ばれるやうになりました。
 戰艦と巡洋戰艦は何處が違ふかと云へば速力が違ひます。巡戰は高速を必要とする爲め攻撃力と防禦力が戰艦より劣るのを我慢して、専ら高速を得るに努めました。即ち歐洲大戰前に於ては戰艦は大凡二十一節位であつたのに巡戰は二十六節位も出し得たが、其の代り主砲は八門、装甲も大分薄いのが普通でありました。(以下略)
^ (前略)此等の艦が日露戰役中戰線に立って働きましたのでありますが戰線に立って見ますと、攻撃力の不足を感ずるのでありますが去り迚速力も餘り下げたくないと云ふ兩面の要求からして止むことを得ず防禦は弱くとも仕方がない巡洋艦の速力と戰艦の攻撃力を併有した艦型が望ましいと云ふので案出されまして筑波、生駒となったのであります 其要目は別表に御覧の通りであります 此が巡洋戰艦の始まりであります(以下略)[5]
^ (二)巡洋戰艦 海上の雄鎭たる戰艦は最強の勢力を有するが、唯缺點とするのは速力が優れない鈍重である事である。攻防の二力を戰艦と同様にし速力を更に増そうとするのである。排水量の増加するのは已むを得ないのであつて、攻防の二力を戰艦よりも幾分劣らしめその犠牲を以つて速力を増さしめたるものが即ち巡洋戰艦なのである。戰場では巡洋戰艦は味方の戰艦と共に敵の主力に對抗し、又敵の巡洋艦を驅逐撃破するに任ずるものである。巡洋艦は日英兩國に各四隻ある外、他の何れの國にもない、而し今日では一様に戰艦と名づけ巡洋戰艦の名稱は用ひぬ様になつた[6]
^ a b 一、戰艦及戰闘巡洋艦[8] 此ノ両艦種建造ニ関シ著大ナル変化ヲ来セルハ戰闘巡洋艦ハ一九一一年計画ノ「タイガー」ヲ最終艦トシ以后ハ之ガ建造ヲ中止セルヘ(戰巡ハ合計八隻ニシテ「インビンシブル」級四隻「ライオン」級四隻外ニ属領ノモノ二隻)一九一二年計画ノ戰艦四隻(外ニマレーノ一隻)ヲ戰巡ト戰艦トヲ合併シタル特種ノ戰艦(海相ノ云フ軽速戰艦 油専用)トナセルヲ次テ本年計画ノ五戰艦ヲ再ビ純然タル戰艦ニ復旧セルモノ之レナリ(以下略)
^ 4,速力[10] 速力の重要な事は今更申すまでもなく何れの海戰について見ましても優良な速力を持つて居る艦隊が常に作戰上有利な位置を占め從て勝利を得て居ります、然し之れを極端に應用してLord fisherの所謂『速力即ち防禦なり』主義で無防禦な大口徑砲を持つた高速艦で自己の速力を使用して敵の彈着外に常に居る様に行動し自己の大口徑砲で敵を撃破しようと云ふ蟲のよい計畫は今度の海戰で机上の空論となりました。
 即ち、戰闘距離を支配するものは速力にあらずして天候なる事が證明されたからであります、Jutlandの海戰でも英艦の巨砲に適する大なる距離では海上霧の爲めに敵を見る事能はず實際戰はれた戰闘距離はむしろ獨の比較的小口徑な砲に適する様な距離でありました、此れを以て見ても速力即ち防禦主義は單に天候が晴れた時はかりで一般には適應出來ぬ事となりました。
 又對潜水艦戰の關係から潜水艦に襲撃の機會を與へぬ爲めに常にある程度即ち潜水艦の水中全力より大なる高速を持續する事が必要となりましたし、又速い艦程潜水艦の攻撃が困難でありますから此の點からも一般に高速が必要な事となりました。(拍手)
^ 第三章 結論 1,艦型(中略)[12] C.今囘の大戰に及第した艦型は戰艦、巡洋戰艦、輕巡洋艦、Flotilla leader.、驅逐艦、潜水艦であろうと思ひます、戰艦の内でも英の“Warspite”級は第五戰隊として最もよく活動し成功した艦型であらうと思ひます 即ち高速戰艦が最も成功したものと信じます、次に巡洋戰艦はFalkland沖の海戰獨艦隊の意表に出た程の大なる移動性を示して當時まで兎角疑問の中心になつて居つた此の艦型の有效なる事を天下に示し次でDogger Bank海戰Jutland海戰で益〃其の有效なる事を表明しました。
 輕巡洋艦も最も激しく使用された艦型の一つでありまして其の有效なる艦型である事を證明しました。
 之れに反してArmoured cruiserProtected cruiserは全然其の無能を示しました、特に其の航洋性に缺けて居る事は開戰當時北海の入口のPatrolに使用されたが荒天に耐へず遂に商船を武装した假装巡洋艦隊を以て之に代らしむるの止むを得ざるに至つた事やColonel沖の海戰で“Good Hope” “Manmouth”が、あはれな最後をしたので明白であります、尚戰艦の如き長さを有しながら比較的Slowで且つ防禦が不充分なので砲火や水雷の好目標となり誠に危險な艦型なるを示しました、即ち此の艦型は全然失敗の艦型と云ふことが出來ると思ひます。(以下略)
^ 2、巡洋戰艦[13] 巡洋戰艦の参加したる主なる海戰は「ジョットランド」海戰「ドッガーバンク」海戰 「フォークランド」海戰の三つであります。/ 此等の内で沈没したるものは何れも「ジョットランド」海戰に於けるもので英艦“Indefaticable” “Qneen Mary” “Invincible”及び獨艦“Lutzow”の四隻で何れも砲火によるものであります。
 英の三艦は何れも砲彈が砲塔内で炸裂し其の閃火が火藥庫に入り火藥に引火して大爆發を起し艦の其の部を粉碎し瞬時に沈没したのであります、此の様な状態でありますから其の原因は明確には判明しませぬが上述の様に閃火が火藥庫へ入つたので彈丸が直接火藥庫に入つたのでありませぬ、此れと同様の事件が“Lion”の“Q”砲塔にも起りました 幸にして火藥庫への扉が閉止しあり爲め爆發を起すに至りませんでした 同様の事件が獨艦“Seydlitz”及“Derfflinger”にも起り特に後者に於ては第四砲塔に命中せし彈丸の閃火の爲に火藥庫に火災を起せしも爆發するに至らず又Dogger Bankの海戰の際にも獨艦“Seydlitz”の後部砲塔に入りし彈丸の閃火は火藥庫に傳ひて次の砲塔内に迄も及びましたが、爆發を起すに至りませんでした、此れを以て見れば火藥庫のFlush-tigtnessは單に英艦に於てのみ缺けて居たるものとも思はれず然も英の三艦が此の爲めに爆破せしにもかゝはらず同じ損害を受けて居る獨艦の然らざりしは火藥庫の防禦に於て缺けて居たるのみにあらず、或は火藥の性質の差異の手傳ひ居る事即ち英の火藥の方かよりSensitibeであつたのではないかと思考されるのであります。
 “Lutzow”は「ジョットランド」海戰に於ては旗艦として常に先頭にありし爲め砲火の集中を受け數十の巨彈の命中により艦の上部は殆んど原形を止めざる迄に撃破され且つ二發の魚雷さへ受けたれば戰列に止まる事能はず「ヒッパー」長官は将旗を“Moltke”に移し“Lutzow”は驅逐隊に護られてSlow speedにて歸港の途中遂に放棄されKingston valveを開き沈んだと云ふ事であります。
 沈没するに至らざる損害は「ジョットランド」海戰に於ては英艦側では“Lion”12彈を “Tiger”8彈を “Princess Royal”は10彈を “New zealand”は1彈を受けました。
 此れ等の内で舷側甲鐡に命中し其甲鐡板を船内へ凹み込んだのが二例あります、其の他甲鐡及上部防禦甲板を破つた彈丸は多數ありますが此れ等は破ると直ちに炸裂したので下部防禦甲板をも貫通した例はない様です 又烟路附近に炸裂したものもありますがArmour Grating 及netはよく彈片を防ぐ事を得ました。
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