1980年代には、糸井重里や仲畑貴志らと並んで、コピーライターなど広告クリエイターが脚光をあびる広告ブームの立役者の1人となる[4]。
1985年開始の『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』(日本テレビ)にレギュラー出演するなど、タレントとしてもお茶の間の人気を得る一方で、小説家や舞台の演出家としても活躍、マルチタレントと呼ばれた。糸井と共にネコ好き、読売ジャイアンツファンでも知られ、初期『ニュースステーション』(テレビ朝日)の企画コーナー「ジャイアンツエイド」には糸井、黒鉄ヒロシとともに出演した。
自身の手がける作品ではナレーションに対する注文が多いことで知られた。一例として「KOSE化粧品」のCMでコーセーをコオセーと発音してしまうナレーターに、何度も納得いくまでだめ出しをしてリテイクさせた。
小説も執筆し、『猫の水につかるカエル』は第32回野間文芸新人賞候補に挙がった。
CM
キンチョール
フジカラー
関西電気保安協会
など多数。
スバル・ジャスティのCMにおいて、映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』作中の演出に似た演出を用い、盗用疑惑をかけられ[5]、@media screen{.mw-parser-output .fix-domain{border-bottom:dashed 1px}}一時期謹慎を余儀なくされている[要出典]。
主な受賞歴
1977年:ナショナル・トランザム(ポータブルテレビ)「高見山」でACC全日本CM大賞グランプリ
1980年:富士フイルム・フジカラープリント「お名前」でACC全日本CM大賞グランプリ。
著作
『川崎徹は万病に効くか?』冬樹社、1983年 のち新潮文庫
『たんぽぽは笑った 新小説集』文芸春秋 1984.9
『カエルの宿』文芸春秋 1986.7
『空飛ぶホソカワさん』角川文庫、1989年
『地下鉄に乗ってキリンを見に行ったトイレ』TOTO出版 1990.9
『1/8のために』新潮社、1991年
『だから、』広済堂出版 1992.4
『川崎徹の無意味講座』マドラ出版 1993.2
絵本『パパといっしょに』マドラ出版、1997年
『0(ゼロ)』集英社、1998年
『ヌケガラ』マガジンハウス、2000年
『彼女は長い間猫に話しかけた』マドラ出版、2005年
『石を置き、花を添える』講談社 2008.8
『猫の水につかるカエル』講談社 2009.10
『会話のつづき』講談社、2011
『最後に誉めるもの』講談社、2012.8
『ムラカミのホームラン』講談社, 2014.6
『あなたが子供だった頃、わたしはもう大人だった』河出書房新社, 2017.5
レコード
私・湘南マタンゴ娘(1987年・ビクター)
『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』の番組企画による、ムード歌謡歌手・高田暢彦とのデュエット曲。作詞は同番組の総合演出・伊藤輝夫(テリー伊藤)、作曲は中村泰士。
テレビ出演
天才・たけしの元気が出るテレビ!!(日本テレビ、1985年4月 - 1991年12月)
関連書籍
『広告批評の別冊2 川崎徹全仕事』マドラ出版、1983年
出典^ 小中陽太郎『TVニュース戦争 これがキャスターだ!!』東京新聞出版局、1988年、p.216
^ 難波功士「コマーシャルの転回点としての70年代」『テレビだョ!全員集合 自作自演の1970年代』長谷正人、太田省一編著、青弓社、2007年、p.150
^ 木村傳兵衛、谷川由布子他『新語・流行語大全 1945→2005 ことばの戦後史』自由国民社、2005年、p.199
^ 宝泉薫、ファッシネイション編『歌謡曲という快楽 雑誌『よい子の歌謡曲』とその時代』彩流社、2002年、p.105
^ 森卓也『アラウンド・ザ・ムービー』平凡社、1989年、p.13
関連項目
テレビコマーシャル