岡山放送
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2月26日 - 杜の街グレース オフィス・商業棟が竣工[18]。学南町本社については同日付で杜の街グレースを整備している大株主の両備ホールディングスへ売却したことを発表[18][19]

7月1日 - 杜の街グレース オフィス・商業棟「オフィス スクエア」が開業し、新本社のマスター(主調整室)火入れ式を挙行[20][21][22]

7月6日、同局に勤務していた30歳代の社員が自殺。この事件を受けて行われた同局の社内調査の結果で、1ヶ月間で100時間以上の時間外労働を行っていた他、上司からパワハラ等を受けていたことが、読売新聞の報道で明らかとなった[23][24]

7月12日、新本社からの放送開始[25][20]

7月19日、新本社へ本社機能を全面移転[22][26]



OHK初代本社

開局時に建てられたOHK初代本社本館
(手前の2階建ての建物)

社史・記念誌

岡山放送では、以下の5冊を発行している(2021年2月)時点。

OHK年表 創立25周年(岡山放送・編)1993年発行、59、25ページ。

OHK年表 開局25周年を記念して(岡山放送・編)1995年発行、64、29ページ。

OHK年表 21世紀の果敢な挑戦(岡山放送・編)1995年発行、68、53ページ。

年表OHK2003 35年の軌跡(岡山放送・編)2004年3月発行、114ページ。

年表OHK2018 50年の軌跡(岡山放送・編)2019年3月発行、

ミルンミルンが入居するイオンモール岡山

当時、開局45周年を迎えていたOHKは2014年平成26年)12月、岡山市北区下石井に開業した都市型ショッピングセンター「イオンモール岡山」の5階・6階に新たなスタジオとオフィス「ミルン」を設置し、報道・制作部門を岡山市北区学南町の本社から移転した[27][28]。商業施設に番組制作機能を全面的に移転するのは全国初の試みであり[27][29]、12月1日より先行してローカルニュースをミルンから放送し、イオンモール岡山のグランドオープン日である12月5日より本格的に運用を開始した。なお、登記上の本店と演奏所(マスター)は学南町の本社に総務・営業・技術部門共々そのまま残っており、本社のテレビスタジオは予備スタジオとして引き続き使用されていた。

ミルン(旧名称:ミルンセンター)は5階にオープンスタジオ「OHKまちなかスタジオ ミルン」、6階に報道・制作オフィスとオープンスタジオのスタジオサブが入居する。スタジオやオフィスにはガラス面が設けられ、一般の買い物客もスタジオでの生放送や番組制作の様子などを見られる構造となっている[30][注釈 12]

今回の移設に際して、OHKとイオンモールは、西日本の旗艦店舗となるイオンモール岡山を単なるサテライトスタジオとしてだけでなく地域情報の発信拠点として位置付けるために、協働事業展開に関する基本協定を結び[31]、「視聴者と直接触れ合う機会を増やして、番組作りに生かしたい」として、同店の1階、5階にオープンスタジオを設置、情報・報道番組を中心に活用することになった(主に1階は後述のインターネットテレビ用に、5階は通常のテレビ番組用に使用)[32]。また、イオンモールとOHKの協働によるインターネットテレビサービス「haremachi TV」(ハレマチ・テレビ)[注釈 13]YouTubeに展開し、イオンモールのイベント・商品情報や、OHKの番組案内などを提供している。これは館内にあるモニターでも視聴することができる。なお、昼や夕方のニュースのOHK制作部分や『ミルンへカモン! なんしょん?』などのミルンスタジオから放送している番組や金バク!などのOHK制作番組もhareachi TVで放映している(OHKのテレビ番組だけはYouTubeのharemachi TVチャンネルでは放送しない)。

移転当日の12月5日はイオンモール岡山オープンに伴い、同日の9:50 - 11:20、14:00 - 16:50には『OHK開局45周年記念特別番組 岡山に新しいマチ誕生! 全部見せますイオンモール岡山』を放送。ゲストに浅越ゴエ(第1部)、しずる(第1部・第2部、リポーター兼任)、misono(第2部)、山ア夕貴(岡山県出身でフジテレビのアナウンサー、第2部)を迎えた。また、翌日(12月6日)からはミルンの名称を用いたローカル情報番組『ミルンへカモン! なんしょん?』が放送開始となった。

2020年令和2年)9月頃から2021年(令和3年)6月の間は、新型コロナウイルス感染対策(いわゆる3密対策)として、報道・制作オフィス内にある円形会議室にニュース用の簡易ブース(ミルン円形スタジオ)の設置、ローカルワイド番組の一部コーナーをイオンモール岡山1階のharemachi Studioからの放送に変更するなどの対応が実施された。

2021年(令和3年)7月には本社を北区学南町からミルン(=イオンモール岡山)と同じ北区下石井に移転し、徒歩圏内となる新本社・ミルンの2拠点体制において業務効率化を図っている[15]

因みに、新本社の目の前にはテレビ東京系列テレビせとうち(TSC)の本社が入居するビルがあり、最寄りのバス停の名前も「山陽新聞社前・TSC前」[注釈 14]となっている。
ネットワークの移り変わり

1969年(昭和44年)

4月1日 - フジテレビ系列NETテレビ系列のクロスネット局(両系列の比率は50%ずつ)として、岡山県で放送開始。(第2局)ニュースネットワークFNNに加盟。

10月1日 - この日発足した番組供給ネットワークFNSに加盟。

11月7日 - 曽我社長(当時)が記者会見を行い、翌1970年(昭和45年)4月1日からフジテレビ系フルネットに移行することを発表、[33] 日本教育テレビに業務契約解除の通知を行った。それに対して日本教育テレビは地位保全契約履行仮処分申請を岡山地裁に申し立てたが、翌1970年(昭和45年)3月24日却下された。[34]


1970年(昭和45年)1月1日 - ANNに加盟。

4月1日 - フジテレビ系フルネット局に移行。NETテレビ系列のほとんどの番組が姿を消す。

10月1日 - 再びフジテレビ系列とNETテレビ系列とのクロスネット局に戻る。


1975年(昭和50年)3月31日 - クロスネット先のANNの準キー局が、腸捻転解消により毎日放送から朝日放送に変更したため、山陽放送と関西発全国ネット番組を交換(OHK=ABC、RSK=MBS)。

1979年(昭和54年)4月1日 - 岡山県・香川県の民放テレビ放送の相互乗り入れ放送実施(第1次)により、香川県で放送開始。(香川3局)。この日瀬戸内海放送(香川2局・岡山3局)が岡山県で放送開始し、同局を岡山県でのテレビ朝日系列局と定めたことによりテレビ朝日系列の番組が同局へ移動し姿を消す。ANNを脱退。フジテレビ系列フルネット局となる。香川県ではフジテレビ系列フルネット局として放送開始。

テレビせとうちが開局するまでの間には、テレビ東京系列東京12チャンネル時代を含む)の一部の番組も番組販売という形で放送されたものもあった。

香川県との相互乗り入れ以前は、西日本放送の編成から外れた日本テレビ系列の番組がごくわずかに番組販売扱いで放送されたことがあった。

岡山放送フジ系列・テレ朝系列クロスネット末期(1979年3月)プライムタイム番組表。[35]

無印=同時ネット、★印=時差ネット

曜日/時間月曜日火曜日水曜日木曜日金曜日土曜日日曜日


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