この動きに合わせ、1973年(昭和48)3月、親会社の「島根新聞社」も「山陰中央新報社」に改称し[11]、題号も『山陰中央新報』に改題した。当時のページ数は16ページ建てで、それまで島根県のみだった発行エリアを鳥取県にまで拡大した。この攻勢は短期的には成功し、1975年(昭和50年)には鳥取県内での競合地元紙『日本海新聞』を休刊(発行会社が倒産)にまで追い込む。ただ、同紙が別法人にて再建され短期間で復刊、巻き返しを図ったことで鳥取県への進出計画は事実上失敗に終わった。
1978年(昭和53年)の段階で超高速オフセット輪転機を導入し、1981年から一面にカラー写真を毎日掲載した。
2000年代
2000年(平成12年)8月1日、公式ウェブサイトを開設した。2004年1月から島根大学漫画研究会と連携し、週1回学生による4コマ漫画または1ページ漫画を連載するという試みを行なっていた。日刊の新聞で学生による漫画の連載は非常にまれなことだった。2005年以降、竹島の日、竹島の領有権に関する報道を積極的に行っている。
2007年(平成19年)8月22日、移動編集車「サンちゃん号」導入[2]。10月からは、ひかわ制作センターのカラー輪転機増設によって、カラー面を大幅に増やし、併せて紙面の一新を図り、題字も新たに島根県出身の東寺長者・砂原秀遍の揮毫によるものに改めた。
2014年(平成26年)4月1日、無料会員組織「さんさんクラブ」スタート。11月5日には子ども向けの無料新聞「週刊さんいん学聞」を創刊し、毎週水曜日発行している。
2015年(平成27)年11月25日、製作センターに見学者ホール「しんぶん学聞館」が完成した[12]。 鳥取県内では島根県出身者を中心に根強い購読者を持ち、島根側に近い米子市や境港市に限れば一定数の読者を獲得しているものの、県内全体でのシェアは1割にも満たない。改題直後から8年間「山陰は一つ」をスローガンとして題字のすぐ下に入れていた。鳥取市内での発行部数が極小にもかかわらず、「鳥取総局」を置いているのはこの時の名残である。 ※鳥取県向けは、NHK総合の欄に一部、鳥取放送局の番組も併記される。
受賞歴
1991年(平成3年)7月3日 - 企画記事「命─医療現場から」が第10回アップジョン医学記事賞を受賞。
1997年(平成9年)10月20日 - 「香りの広告シリーズ」で日本新聞協会新聞広告賞奨励賞を受賞。
2003年(平成15年)10月20日 - 「しまね子ども環境バンク」で日本新聞協会新聞広告賞奨励賞を受賞。
2013年(平成25年)10月16日 - 「環りの海」(琉球新報社との合同企画)で日本新聞協会新聞協会賞を受賞[12]。
鳥取県での購読者
ネットワーク
本社
島根県松江市殿町383 山陰中央ビル6階
本社ビルの低層階(1 - 4階)は元々一畑百貨店(旧)松江店新館であった。現在は複合ビルとなっており、系列文化センターやその他テナント、さらにはみしまやヴェルデ中央店(1階)も入居する。1986年(昭和61年)10月に開局したエフエム山陰は4階に本社を構えていたが、2020年(令和2年) に島根県立産業交流会館2階へ移転している。
印刷所
山陰中央新報製作センター(出雲市斐川町上庄原1318)
支社
東京
大阪
広島
総局
※は、本社以外で発行所を兼ねる。
出雲
益田※
鳥取※
米子※
支局
雲南
安来
隠岐
大田
江津
川本
津和野
境港
通信部
ひらた
邑南
番組表(2024年1月現在)
最終面(メインテレビ面)
フルサイズ(左から):NHK Eテレ( 松江放送局)、NHK総合(同)、TSK さんいん中央、BSS 山陰、NKT 日本海
ハーフサイズ(Eテレの横、上から):広島ホームテレビ、TSCテレビせとうち、サンテレビ
ハーフサイズ(最左側、上から):NHK BS、NHK BSP4K
※島根・鳥取県外の一部テレビ局が最終面および中面に載っているのは、ケーブルテレビ局で一部再放送されている(山陰ではテレビ朝日・テレビ東京の系列局が現存していない)ことを配慮したものである。なお、2010年頃まで関西広域局のABCテレビの番組表もハーフサイズで掲載されていたが、ケーブルテレビ局や地元放送局などとの協議の関係で、テレビ朝日系列の再放送がABCテレビ以外の系列局へ変更となったため掲載取りやめとなった。