1973年(昭和48年)には「狙いうち」が大ヒット。この年、第10回ゴールデン・アロー賞グラフ賞、キャニオンレコードヒット賞を受賞。第24回NHK紅白歌合戦にも出場する。セクシーな激しい歌と踊りで人気を獲得し、後のピンク・レディーに先駆けて「アクション歌謡」を全国に定着させた。『狙いうち』というタイトルが「ボールをヒットさせる」ことを想起されることから、東京六大学野球の明治大学応援団は、作詞者の阿久悠が明治大学OBであったこともあり、同曲を「チャンステーマ」として導入した。それが甲子園にも伝播し、以後は高校野球の応援歌の定番となり、また中日ドラゴンズの応援(得点のチャンスを迎えた時)でも使われていた。
1974年にも「闇夜にドッキリ」で第25回NHK紅白歌合戦に出場し、紅白歌合戦には3年連続で出場を果たした。その他にも「狂わせたいの」「じんじんさせて」「燃えつきそう」「きりきり舞い」といったヒット曲を連発する。
1976年(昭和51年)2月10日、「およげ!たいやきくん」のアンサーソング「私の恋人、たいやきくん!」(作詞:中山大三郎、作曲:穂口雄右)を発売。『夜のヒットスタジオ』で子門真人と共演するなど、この曲を契機としてタレント活動も開始する。
しかし、1970年代後半から再び人気が低迷。山本を陰で支えた最愛の母が自宅浴室で事故死し(享年50)、山本自身も所属事務所から解雇されるなど、再び不遇の時代を過ごした。地方の小さなスナックなどでのドサ回りもこなしたが、スナックに歌手の控え室などはなく、狭くて汚いトイレで衣装を汚さないように細心の注意を払いながら着替えなくてはならなかったという。 1980年代後半に米米CLUBが山本の楽曲をカバーしてライブで演奏したほか、1990年(平成2年)にはテレビアニメ『ちびまる子ちゃん』の番組内で主人公・まる子が山本のモノマネをしたことなどから、山本はリバイバルブームに乗り再ブレイクする。1995年8月6日放送の「まる子フェスタしずおかへ行く」の回では、本人役で山本がアフレコを務めた。 また、自身の曲をハウス調にセルフカバーしたアルバムや、REMIXアルバムが続々オリコンチャートにランクイン。翌1991年(平成3年)の第42回NHK紅白歌合戦にも久々に登場した(『紅白歌合戦』には通算5回目の出場)。 1993年(平成5年)、ヘアヌード写真集を出版し話題となる。朝日放送のラジオ番組『誠のサイキック青年団』(関西ローカル)でパーソナリティの北野誠と竹内義和が山本の写真集を辛辣にこき下ろしたところ、この放送を聞いたファンからの通告で番組内の発言内容を知った山本は激怒し、名誉毀損として1億円の損害賠償を請求した。その後、山本同席の下で番組側が全面謝罪することにより示談が成立。各メディアでは、記者会見にて北野と竹内が平身低頭で謝罪する姿が全国的に大きく報じられた。 1997年(平成9年)、テレビアニメ『新・天地無用!』の主題歌「夢はどこへいった」を発売。約20年ぶりにシングルランキングでもオリコンチャートへの復帰を果たす。 2005年(平成17年)、アサヒ飲料の缶コーヒーのCMに起用される。 また、代表作「どうにもとまらない」の歌詞をアレンジした「どうにもとまらない?ノンストップ」が発売され(リメイクされた詞は阿久悠が「今の若い人達に夢や希望をたくさん送ってあげたい」という想いから新たに書いたもの)、テレビアニメ『レジェンズ 甦る竜王伝説』のエンディングテーマに採用された。これを記念して、同アニメには山本自身もゲストキャラとして1度だけ出演した。なお、「どうにもとまらない?ノンストップ」には英語バージョンも存在し、こちらも同じく『レジェンズ 甦る竜王伝説』の初期エンディングテーマとして流れていた。作詞はGary Perlman
1980・90年代
第3次ブーム
名誉毀損騒動
2000年代と結婚。山本にとってこれが初婚である。
2007年(平成19年)、宅配ピザチェーン、ドミノ・ピザのテレビCMソングとして、「どうにもとまらない」の替え歌「ド?ミノとまらない♪」が起用される。このCMではお笑いタレントの劇団ひとりが演じるドミノ・ピザのイメージキャラクター「ドミノ★スター」が、多くのドミノ・ピザ・ファンが取り囲むステージ上で同曲を熱唱している。 2010年1月、9mm Parabellum Bulletによって『どうにもとまらない』がカバーされる。山本は「9mmバージョンの『どうにもとまらない』は、彼達らしいかっこいいサウンドの中のとってもさわやかなボーカルが印象的でした」とカバー曲を評した上で、同バンドに対しても「この度ほかの楽曲も聴かせていただきましたが、かっこいい。たくさんいい楽曲を作って、大きく羽ばたいてほしい思いです」とエールを送っている。 2013年(平成25年)10月14日、北九州市制50周年関連イベントとして開催された「第6回北九州ミュージックフェスタ」のフィナーレライブにゲストで呼ばれ、その席で市長北橋健治から「北九州市特命大使(文化)」を委嘱された[14]。 同年12月4日に放送された『2013 FNS歌謡祭』では、倖田來未とのコラボレーションで『どうにもとまらない』を披露した。 2016年(平成28年)の第59回オールスター競輪(松戸競輪場)では花束贈呈を担当(前年の第58回でもイベントを実施した)[15][16]。 #発売日A/B面タイトル作詞作曲編曲オリコン
2010年代
ディスコグラフィ
シングル
1?12:ミノルフォン、13?18:ハーベスト、19?42:キャニオン・レコード、43:Sony Records、44:テイチク、
45:パイオニアLDC、46・48?:徳間ジャパン、47:ティーワイ。
最高順位規格品番
11966年
9月20日A面こまっちゃうナ遠藤実-KA-80
B面海と山の歌
21966年
11月25日A面夢見るわたしKA-87
B面ごめんなさいママ
31967年
3月1日A面涙がとまらないKA-112
B面初めてのキッス稲葉爽秋遠藤実
41967年
3月1日A面
[注 2]世界の国からこんにちは島田陽子中村八大只野通泰KA-118
51967年
7月10日A面ミニミニデート樋詰喜久子遠藤実KA-143
B面恋の急行列車稲葉爽秋只野通泰
61967年
10月1日A面ボーイフレンド遠藤実只野通泰KA-164