少年の日の思い出
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このうちWiener Nachtpfauenaugeはポケットに入れるには大きすぎること、Kleines Nachtpfauenaugeは希少性が低いことから、Mittleres Nachtpfauenaugeこそがエーミールの蛾であると断定し、岡田によってそれぞれ「クジャクヤママユ」「オオクジャクヤママユ」「ヒメクジャクヤママユ」の和名が付けられた。一方、クジャクヤママユであれば行わない『敵に対する威嚇行動』が作中で説明されている点については、Nachtpfauenaugeと名前の似ている、スズメガ科のAbendpfauenauge(en:Smerinthus ocellatus、ヨーロッパウチスズメ)の行動をヘッセが混同していた可能性を岡田は指摘している。なお、右のクジャクヤママユ図は、ヘッセが少年時代に飽かず見ていた19世紀末の銅版画図鑑から採ったそのものである。

岡田は大学院時代(1960年ごろ)、指導教授であった高橋に請われて蛾について講釈した折に、「楓蚕蛾」から「クジャクヤママユ」への修正を進言した[2]。高橋の訳である1982年の「ヘッセ全集 2」では、クジャクヤママユではないが、同じヤママユガ科で日本固有種の「ヤママユガ」と表記されている。

岡田は後に、『Jugendgedenken』の初稿である『Das Nachtpfauenauge』を『クジャクヤママユ』の邦題で翻訳している。『Jugendgedenken』も岡田によって新たに訳され、2010年12月に、これを収録した「少年の日の思い出 ヘッセ青春小説集」が出版された。
登場するその他の蝶・蛾

ワモンキシタバ

「私」が客に見せた、物語の発端となるヤガ科の蛾(Catocala fulminea Scopoli、1763)。イベリア半島から日本列島にかけてのユーラシア大陸各地に分布し、ドイツではライン上流渓谷とシュヴァーベン高原を中心に分布している。ドイツではGelbes Ordensband(黄色い勲章の綬)と呼ばれる。高橋訳の「黄ベニシタバ蛾」という名の蛾はいない[6]

キアゲハ

採集の楽しみを回想する冒頭に例示されたアゲハチョウ科の蝶(Papilio machaon Linnaeus, 1758)。ユーラシア大陸全域と北アメリカ大陸北西部の広範囲に分布する。日本ではナミアゲハとともによく見られるアゲハチョウで、ナミアゲハが生息しないドイツでは代表的なアゲハチョウの一種にあたる。ドイツでは Schwalbenschwanz(燕の尾)と呼ばれる[6]

コムラサキ

「僕」がエーミールを深く嫌悪するきっかけとなったタテハチョウ科の蝶。ドイツではSchillerfalter(幻光色の蝶)と呼ばれる。ドイツには大型・小型の 2 種類が生息している。大型はイリスコムラサキ(Apatura iris)、小型はイリアコムラサキ(Apatura ilia)。日本のコムラサキ(Apatura metis Freyer, 1829)はイリアコムラサキに似ているが別種[6]北杜夫は、ヘッセの訳書などではよく「ニムラサキ」と誤植されているのを見て疑問に思っていたが、串田孫一の『博物誌』を読んで、当時もっとも信頼されていた独話辞典がSchillerfalterをニムラサキとしていたのが原因だったのを知った[7]
あらすじ

原文であるドイツ語には、単語で「蝶」と「蛾」を区別することがない。そのため、以降は「蛾」のことも「蝶」と著す。

子供が寝静まるころ、「私」は蝶集めを始めたことを客に自慢する。客の申し出を受け、「私」はワモンキシタバの標本を見せる。客は少年時代の思い出をそそられ、少年時代は熱心な収集家だったことを述べる。が、言葉と裏腹に思い出そのものが不愉快であるかのように標本の蓋を閉じる。客は非礼を詫びつつ、「自分で思い出を穢してしまった」ことを告白する。

「僕」 (客) は仲間の影響で蝶集めを8・9歳のころに始め、1年後には夢中になっていた。その当時の熱情は今になっても感じられ、微妙な喜びと激しい欲望の入り混じった気持ちは、その後の人生の中でも数少ないものだった。

両親は立派な標本箱を用意してくれなかったので、ボール紙の箱に保存していたが、立派な標本箱を持つ仲間に見せるのは気が引けた。そんなある日、「僕」は珍しいコムラサキを捕らえ、標本にした。この時ばかりは見せびらかしたくなり、中庭の向こうに住んでいる先生の息子エーミールに見せようと考えた。エーミールは「非の打ちどころがない」模範少年で、標本は美しく整えられ、破損したで復元する高等技術を持っていた。「僕」はそんな彼を嘆賞しながらも、気味悪く、妬ましく、「悪徳」を持つ存在として憎んでいた。エーミールはコムラサキの希少性は認めたものの、展翅技術の甘さや脚の欠損を指摘し、「せいぜい20ペニヒ程度」と酷評したため、「僕」は二度と彼に獲物を見せる気を失った。

「僕」の熱情が絶頂期にあった2年後、エーミールが貴重なクジャクヤママユのを手に入れ、羽化させたという噂が立った。本の挿絵でしか出会ったことのないクジャクヤママユは、熱烈に欲しい蝶であった。エーミールが公開するのを待ちきれない「僕」は、一目見たさにエーミールを訪ねる。留守の部屋に忍び込み、展翅板の上に発見する。展翅板からはずし、大きな満足感に満たされて持ち出そうとした。部屋を出たのち、近づくメイドの足音に我に帰った「僕」は、思わず蝶をポケットにねじ込む。罪の意識にさいなまれ、引き返して元に戻そうとしたが、ポケットの中で潰れていることに気づき、泣かんばかりに絶望する。

逃げ帰った「僕」は母に告白する。母は僕の苦しみを察し、謝罪と弁償を提案する。エーミールに通じないと確信する「僕」は気乗りしなかったが、母に促されてエーミールを訪ねる。エーミールが必死の復元作業を試み、徒労に終わっていることを眼前にしながら、「僕」はありのままを告白する。


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