寿限無
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あるいは、シューリンガンのグーリンダイに住むパイポパイポ王は長生きで、ポンポコピー・ポンポコナーも天竺の長生き夫婦の名前[F 2]
長久命
長く久しい命[F 1]
長助
長く助けるの意味合いを持つ[F 1]


類似するモチーフの歴史詳細は「長い名の子#歴史」を参照

長い名前や縁起のいい名前をモチーフにした話は他にもある。


長い名の子が困ったことになる話

江戸時代の噺家である初代 米沢彦八が著した噺本『軽口御前男』(元禄16年(1703年)刊行[13]:33)に、「欲(よく)からしづむ淵(ふち)」という小噺がある。あらすじ:ある人が、憎い継子を短い名前「によぜがも」に改名させ、かわいい実子を長い名前「あのくたら三(さん)びやく三(さん)ぼだい」に改名させた。ある日継子が川に落ちるが、周りに助けを求めて速やかに救助される。後日、今度は実子が川に落ちるが、助けを求める際に長い名前を呼んでいる間に時間がかかるので、どんどん流されていってしまった。母親は「三百を捨てたら助かろものを」と嘆いた[13][14]

「三百[]を捨てる」(わずかの出費のこと)[13]とかけた、この名前特有の駄洒落である。この噺は米沢彦八自身による創作と推定されている[13]

噺の中で名前の由来は説明されていないが、仏教用語「如是我聞(にょぜがもん)[15]」と「阿耨多羅三藐三菩提(あのくたらさんみゃくさんぼだい)[16][17]」である。


長い名をいちいち繰り返すギャグ

寛政4年(1792年)に刊行された滑稽物の絵本『鼻下長物語』[18]芝全交(しばぜんこう)作で、早口言葉による会話が29ページに渡って繰り広げられる物語仕立ての作品である[19]。関連部分のあらすじ[20]:あるとき殿様「法性寺入道前関白太政大臣(ほうしょうじのにゅうどうさきのかんばくだいじょうだいじん)」は、家老「三なめかけたが三かけたひっちくでっちくほうねんぼうのつうだ左衛門」(略称「つうだ」)の言葉遣いが気に障った。そこで殿様は家老「親も嘉兵衛子も嘉兵衛親嘉兵衛子嘉兵衛子かへ親かへ」親子二人(略称「嘉兵衛」)に、「つうだ」へ徹底指導するよう指示した。指導初日は物別れ。以下二日目のようす:.mw-parser-output .templatequote{overflow:hidden;margin:1em 0;padding:0 40px}.mw-parser-output .templatequote .templatequotecite{line-height:1.5em;text-align:left;padding-left:1.6em;margin-top:0}

嘉兵衛:「さて、昨日の申しかけを申そうと存じて、今日も貴宅へ参上致しました。長く申しては事が分りませぬ。つまんで申しましょう。こうでござる: そこもと様が主人法性寺入道前関白太政大臣様のことを、法性寺入道前関白太政大臣殿と仰せらましたから、そこで以てからに何か法性寺入道前関白太政大臣様が大きにお腹をお立ちなされ、俺が事を法性寺入道前関白太政大臣様という筈を、なぜ俺が事を法性寺入道前関白太政大臣殿と言うたとて、そこでもってからに法性寺入道、」
つうだ:「まずお急きなさるな。しかれば拙者が法性寺入道前関白太政大臣殿の事を、法性寺入道前関白太政大臣殿と申したがお気に障り、法性寺入道めが腹を立って、」
嘉兵衛:「いえさ、そう仰せられては済みませぬ。法性寺入道前関白太政大臣様と言う所を、」
(紛糾。以後毎日議論が続き、つうだは翌年になってやっと状況を理解する)—『黄表紙十種』(1935年)[20]:202(常用漢字化、現代仮名遣い化。一部漢字化。表記揺れ統一。句読点調整)

話中の殿様の名「法性寺入道前関白太政大臣」は、小倉百人一首のうちの一首の詠み人藤原忠通の俗称。実在した人物である[21]。小倉百人一首の中で一番長い名で、官名とはいえ、フィクションの名「あのくたら三びゃく三ぼだい」よりも長い。なお、20世紀中旬以降は通常「ほっしょうじにゅうどうさきのかんぱくだじょうだいじん」と発音する[21]

『鼻下長物語』は好評で[20]:10、さまざまな派生作品が登場した[3]:52。初代林屋正蔵も『御加増』という小咄を1833年に刊行した[22][23][24]。全会話が早口言葉で『鼻下長物語』と似たストーリーだが、「法性寺入道前関白太政大臣」の名はない。


長命な名前を次々と提案させる笑話

落語本『無事志有意』(寛政10年(1798年)刊行[25])中の一話「雅名」(または「稚名」)は、めでたい名前を次々に要求するという笑話である。あらすじ:主人公は、子供の幼名を非人に名づけしてもらうとよいと聞き、自分の子の名づけを非人に頼む。非人はいくつかの名を提案するが、依頼者は納得せず、「寿命の長い名がよい」とつけ加えた。非人はさらに「三浦の大助」、「浦島太郎は八千歳」、「東方朔は九千歳」と次々に提案してみるが依頼者はもっと長いのを要求してくる。しまいには「西の海へさらり」と提案した、というサゲ[26]

三浦の大助百六つ」「浦島太郎が八千歳」「東方朔が九千歳」「西の海へさらり」は、いずれも年末の厄払い祈祷の決まり文句[27][28]


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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