密造酒
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1953年(昭和28年)施行の酒税法により、日本において酒類製造免許がない状態でのアルコール分を1%以上含む酒類の製造は原則禁止されている。これに違反し、製造した者は酒税法第54条により10年以下の懲役又は100万円以下の罰金が科せられると同時に、製造された酒類、酒母、もろみ、原料、副産物、機械、器具又は容器を、所有者の如何に関わらず没収される。

製造免許を国税庁から交付される為には、酒類の一定量の製造が必要となる。具体的には、日本酒ビールの場合は60キロリットル以上、ウイスキーワインの場合は6キロリットル以上であり、個人が自家消費用で製造することは不可能である。

これら規定の例外として、農学や醸造学などの研究における酒類製造は認められている。この場合、あくまで学問の自由の為に製造するものであり、「試験醸造のための製造免許」という扱いをされている。また、かつては伊豆諸島青ヶ島東京都青ヶ島村)において、交通の便が非常に悪い為、税務官吏が島を訪れることにより得られる酒税よりも、島を訪れることによってかかる費用の方が多かったことから野放しとされていた。これは法が想定している例外ではなく、また1984年の青ヶ島酒造合資会社設立により解消された。

酒類に水以外のものを混和する行為も酒類製造(混成酒類製造)とされるが、カクテルのように家庭や飲食店で消費直前に混ぜる場合は例外として認められている。この他に、自家消費用に、20度以上の蒸留酒に対して、酒や以下に挙げるものを混和せず、更に混和後アルコールが新たに1度以上発酵しない場合に認められている[11]。一 米、麦、あわ、とうもろこし、こうりやん、きび、ひえ若しくはでんぷん又はこれらのこうじ二 ぶどう(やまぶどうを含む。)三 アミノ酸若しくはその塩類、ビタミン類、核酸分解物若しくはその塩類、有機酸若しくはその塩類、無機塩類、色素、香料又は酒類のかす

自家製の梅酒が認められるのはこの例外による。なお2008年4月30日から、一定の要件の下に、免許がなくとも旅館や飲食店等も梅酒等が出せる特例措置が設けられた。適用を受けるためには税務署へ特例適用の申告を行う必要がある[12]。さらに上記のとおり、日本酒ワインは20度以上の蒸留酒ではないため、たとえばサングリアなども造ることができない。

日本国内においても「ビール醸造キット」やワイン酵母などアルコール醸造に転用可能な酵母、あるいはなどは広く販売が見られる。しかしその場合においても無免許でアルコール度数1%を越えるものは違法となる[13]
密造酒の例
ウイスキー
詰前のウイスキーは、穀物を発酵させて作る、僅かに麦芽乾燥に用いた燃料の香りがするだけの蒸留酒(スピリッツと呼ばれる)だが、古くはこのスピリッツを直接飲用していた。しかし密造酒ともなると、大っぴらに販売する事はおろか、それと判る状態で街道を使って運搬するだけでも摘発される危険性があったため、しばしば酒税の安い酒精強化ワインであるシェリー酒の樽に入れて運搬された。また摘発を逃れるため、何年も各地に点在した洞窟に隠される事も多く、幸か不幸かシェリー樽に詰められたスピリッツは熟成され、現在のスコッチ・ウイスキーが完成された。なお、ウイスキーの密造が本格化した1710年代頃から、税率が大幅に引き下げられる1820年代までの間に、スコットランドで消費されたウイスキーの半分以上が密造酒であったという説もある[14]
禁酒法
アメリカ合衆国では、1851年から段階をおって全米各地で施行された禁酒法アメリカ合衆国における禁酒法)により、酒類の製造・運搬・販売が禁止されたが、逆に酒類の密輸・密売に加え粗悪な密造酒が横行し、1920年代にはアル・カポネを始めとするギャング集団が大々的な密造酒の製造と密売で巨額の富を手中にするといった、芳しくない社会現象が発生した。この時、製造・密売されていたのは通称バスタブ・ジンと呼ばれる蒸留酒で、風呂桶に水を張って手製の蒸留器を沈め、これを使って蒸留された。このジンとは名ばかりの蒸留酒は、味の面でも散々であったため、味を調える意味で様々な混ぜ物が試された。カクテルの1つ、オレンジ・ブロッサムの誕生もこのことが関係していると言われている。禁酒法下での密造酒の製造過程はお世辞にも衛生的とは言えず、また消毒薬やヘアリキッドなどアルコールを含んでいるものなら何でも蒸留抽出の材料とされた結果、医薬用のメチルアルコールが混入した物まで出回るようになり、健康被害を受ける人や1,500人を超える死者が出て問題となった。禁酒法自体もその実としてざる法で、密造業者らは捕まってもすぐに釈放されていたという。隣国のカナダでは地理的条件によって越境しての飲酒や小規模な密輸が容易であったため、密造酒よりも品質の良い正規のカナディアン・ウイスキーの需要が増加し、カナダの業者は大きな利益を得ることができた。ウィンザーにウィスキーの蒸留所を有していたハイラム・ウォーカーシーグラムは、デトロイト川の対岸にあるデトロイトへ小型の高速船を使って容易に密輸できる状態であり、ギャングとも繋がっていた。1920年代のアメリカ合衆国ではヨーロッパをはじめとする海外旅行者が増大したが、これは第1次世界大戦後のアメリカ・ドルの価値上昇のほか、外国では飲酒ができる(アメリカ船籍以外の旅客船に乗ってアメリカの領海を離れれば、船上のレストランやバーで早速酒を飲めた)ことも大きな動機になっていたと伝えられる。カナダ国境付近の住民は自動車で国境を越えて、酒を買い求めることも出来た[15]
どぶろく
どぶろく(濁酒)は清酒発生以前の、を使った素朴な酒類で、一般家庭でも米を炊いたがあれば、誰にでも簡単に作る事ができる。日本では明治時代に政府が、税収の3割にのぼる酒税の徴収を行うため、酒税法によって清酒の生産を厳しく管理した。しかし農村部(特に秋田県北部などの東北地方)では日常的にこれらどぶろくが作られ、家庭内で消費されていた。この摘発が難しい家庭内のどぶろく作りは昭和中期まで続き、現代に至っては「どうせ取り締まれないんだし、酒税徴収も税収のほんの一部に過ぎず、しかも洗練された清酒に比べたら、だいぶ味わいの劣る家庭生産のどぶろくが、今更酒造業界に打撃を与えるとも考えられず、これらに関しては解禁すべきではないか?」とする議論も興っている[16]欧州では自家生産ビールワインが、広く農村部などで自由に愛飲されている事例もあり、同種の商業主義に寄らない家庭で消費される酒類の扱いが議論の的となっている。
サマゴン
ソビエト連邦の食事情も参照近代以後、ロシア革命、ソ連後期の社会主義経済・配給制の崩壊、現在のロシア共和国時代に到っても幾度となく経済の混迷に見舞われてきたロシアでは、個々人がダーチャ(菜園付きセカンドハウス)等で食糧や必需品を自弁することが半ば常識化している。酒も例に漏れず、サマゴンと呼ばれる自家製蒸留酒の製造が広く行われている。製法はロシア人馴染みのウォッカの簡易版といったところで、デンプン質糖化の過程を省き、砂糖をイースト等で発酵させたもろみを、連続式蒸留器でウォッカと同じくらいのアルコール度数40度ほどに抽出するのが基本である。これにジャムやハーブ等で味付けしてリキュールにすることも多い。蒸留器具は手製されることもあるが、ごく普通に市販もされている。21世紀以後、ロシアのアルコール消費は減少を続けているとされるが、ウォッカの最低価格を2倍に引き上げる等の締めつけの結果、流通するウォッカの半分を密造が占めるとさえいわれる現状では数字の信頼性は疑わしく、ロシア人がどれほどの酒を消費し、また密造しているのかは把握不可能な状況となっている[17]。密造以外にも、アルコールに飢えた民衆がヘアトニック等も手当たり次第飲んだというソ連時代のアネクドートに描かれた状況も相変わらずで、2016年にも入浴剤を飲んで死者70人以上を出す事案が発生しており、こうした代用酒による年間の犠牲者は1万4千人を超えるともいわれる[18]
北朝鮮
21世紀現在では稀に見る強硬な社会主義的統制政策を強いている北朝鮮では、法的には私企業の存在そのものが犯罪となる。そのため密造酒も国営企業の製品のボトルやラベルを模した偽造品として流通している。密造酒の常として有害成分が混入した粗悪品による中毒事故も起こっており[19]、さらに密造と犠牲者の両方に国家要人の師弟や関係者が含まれていたとの話も出ている[20]
密造風ウィスキー

ウィスキーの熟成は密造が関係しているため、「密造」に関係する語が銘柄の名前に付けられている例も散見される。

スコッチ・ウィスキーの「オールド・スマグラー(Old Smuggler)」のスマグラーは、通常、「密輸業者」や「密輸船」を意味する英語であるが、ここで言うスマグラーとは「酒の密造者」のことである[21]。同じくスコッチ・ウィスキーの「ポッチ・ゴー(Poit Dhubh)」とは、ゲール語で「黒いポット」を意味するが、これはウィスキーを密造していた頃に使用された、黒い蒸留器のことであり、この銘柄の瓶のラベルにはウィスキーの密造の様子が描かれている[22]アメリカン・ウイスキーでは「Moon」や「shine」など禁酒法時代の密造酒を連想させるブランド名の製品も登場している[23]


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