寄席
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山辺.mw-parser-output ruby.large{font-size:250%}.mw-parser-output ruby.large>rt,.mw-parser-output ruby.large>rtc{font-size:.3em}.mw-parser-output ruby>rt,.mw-parser-output ruby>rtc{font-feature-settings:"ruby"1}.mw-parser-output ruby.yomigana>rt{font-feature-settings:"ruby"0}噺館(はなしごや)(山形山辺町) - 明治大学落語研究会出身で地元施設の館長職などを務めた落語会「山辺どんぶり亭」席亭の峰田順一が、クラウドファンディングの支援を得て[40]、落語やコンサートなどの生の舞台が近距離で楽しめる50人規模の小ホールと一日1組限定のゲストハウスを2020年9月オープン。

やまらく亭(山形市[41]- 2008年に結成された山形落語愛好協会(会長:佐藤悠)の顧問でもある小田けんじがJR楯山駅前に2023年2月にオープン。こけら落とし公演は桂紋四郎が出演。


とわだ演芸場(青森県十和田市)- 地元で社会人落語家として活動をする遠田(えんだ)康久と林家とんでん平が開設。2023年5月にオープン、毎月1日?7日まで公演を行う。こけら落とし公演は二代目林家三平と林家とんでん平が出演[42]。青森県在住の三遊亭大楽も出演。

弘前かだれ劇場(青森県弘前市)- 2017年から活動している(一社)弘前芸術鑑賞会(菊池弘二代表)が、弘前市のかだれ横丁(屋台村)内に2024年4月オープンさせた。席亭は水戸光宣。劇場ロゴ文字は伊奈かっぺい落語芸術協会の後援を受けこけら落とし公演には春風亭昇太が出演[43]。「かだれ」とは「仲間になろう・話そう」という意味の方言。

関東(首都圏除く)

水戸みやぎん寄席(茨城・水戸市)[44]- JR水戸駅近くの宮下銀座商店街に2022年9月10日開場。施設は元水戸東照宮の倉庫を改装。市内の企業経営者でつくる一般社団法人まちコンテンツ共創協会が企画・運営。法人理事長は大久保博之、席亭は内藤学。こけら落とし公演は古今亭菊之丞が出演。

中部・北陸

ほくほくスペース てるてる亭富山中央通り) - 北陸銀行が地元富山出身である立川志の輔プロデュースにより設置。公演は月1回程度。志の輔は「席亭のような、館長のような、番頭のような者」に就任。

まぐろや(名古屋市熱田区)- 大名古屋食品卸センター(場外市場)内のマグロ専門店が、2020年ごろから店内やセンター内会議室を用いて落語会をプロデュース。名古屋芸人の会、こしらの集い名古屋、講談続き読み(神田愛山神田春陽)などの会を開催。社長は萩原孝則。

男キモノ&バー蛙屋(名古屋・大須)- 男性用オリジナル着物専門店兼バーのスペースでアマチュア落語会を開いていたが、2017年ごろより東名阪のプロ落語家の会を随時開催。2014年大須にオープン、2022年大須の別のビルに移転。代表は樋渡昌寛。

藤田亭(静岡磐田市)- 三笑亭可女次(現:可風)の後援者の藤田保幸が2003年10月に自宅で落語会をスタート。2013年に自宅に隣接する元撚糸工場を落語会用のスペースに改装。

九州

博多らくごカフェ笑庵
福岡博多区)- 日本笑い学会理事でもある岡部浩が会社を退職後、2021年に落語を聞けて飲食もできる空間としてオープンさせた。

かつてあった寄席で現存しないもの(戦後以降)

全国的には大正期をピークとして全国に存在した。しかし近年まで存在した寄席や歴史的に重要な寄席以外は、全国を網羅する形で個々の所在を確認できるような文献は存在しておらず、研究の進展が待たれる[45][注釈 17]

以下、※印のあるものは施設としてではなく、落語会としての「寄席」である。
東京・関東地方

東宝演芸場(東京・千代田区日比谷) - 東宝経営。「東宝名人会」を興行。顔付けは独自。

新宿松竹文化演芸場 - (東京・新宿区新宿)松竹第一興行経営。軽演劇と色物主体。現在はシネコン新宿ピカデリーが立地。

浅草松竹演芸場 - (東京・台東区浅草)松竹経営。軽演劇と色物主体だが、落語家が出演していた時期もある。

東急文化寄席(東京・渋谷区渋谷) - 現在の渋谷ヒカリエの場所に立地していた東急文化会館の地下1階にあった映画館・東急ジャーナル(後の渋谷東急3)が、曜日限定で夜間のみ演芸興行を行っていた。テレビ番組『大正テレビ寄席』の収録も行われていた。

楽天地演芸場(東京・墨田区錦糸町) - 東京楽天地経営。色物主体。

本牧亭(東京・台東区池之端) - 講談定席。1952年(昭和27年)開業[46]。落語の興行もたびたび行われ、林家彦六一門会や落語三遊協会の旗揚げ興行も行われたことがある。2011年(平成23年)に閉場し、講談定席機能は木馬亭が引き継ぐ。

人形町末廣(東京・中央区日本橋人形町) - 1970年(昭和45年)に閉鎖。現在は読売新聞関連企業のビルが立地。演芸番組『金曜夜席』→『笑点』のセットはこの寄席がモデルとなっている。

喜扇亭(東京・中央区日本橋人形町) - 浪曲席。戦後は浪曲に加えて漫才等の色物席として存続するが1952年(昭和27年)頃に閉場。跡地は人形町今半[47]

神田立花演芸場(東京・千代田区神田須田町) - 旧称立花亭。万惣神田本店の隣に立地していた。第四次落語研究会会場。戦前から経営状態がおもわしくなく、所有者が二転三転し一時期は元NHKアナウンサー松内則三も名義人であった。東宝と契約していた時期もあり、寄席文字の橘右近が楽屋主任を務めた。全席畳敷きだったが末期に椅子席に改装した。1954年(昭和29年)11月に廃業[48]

十番倶楽部(東京・港区麻布十番) - 関東大震災後から新網町の酒店2階で営業してきたが戦災で焼失し、1952年(昭和27年)出資者を募って場所を網代町に移して再開した。1955年(昭和30年)に映画館に転業。跡地(麻布十番会館)では現在でも「十番寄席」(地域寄席)が催されている[49]

浅草末廣亭(東京・台東区田島町) - 1953年(昭和28年)6月下席から開場した。新宿末廣亭による経営で初公演は二代目桂小文治のトリ。国際通り沿いで美人座というストリップ劇場の2階に立地しており、正面右側のテケツ(切符売り場)で料金を支払って階段で2階へ上がる。定員は詰めて200人程度。全席畳敷きで左右の客席は桟敷席であった。客の入りが悪い上に、席亭いわく建物の持ち主が「サギ師みたいなやつ 」だったため1955年(昭和30年)3月下席限りで撤退した。現在は三平ストア・浅草店が立地[50][51]

まつみ亭(東京・荒川区三河島) - 京成電鉄新三河島駅前(現在の荒川区荒川[52])。1952年(昭和27年)開場[46]。駅前のマーケットの2階に寄席を設けた。


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