霞が関で勤務する職員には、首都直下地震などの緊急時に初動対応として3時間以内に職場に集合する「緊急参集要員」が指定されており、仮に公共交通機関や道路などが壊滅的被害を受けた場合でも徒歩で集合できるように都心に官舎が確保されていた[6]。しかし、2006年ごろからマスコミが「都心の官舎に安い家賃で住む公務員」としてネガティブキャンペーンを展開したことから、政府は都心の官舎の売却を進め、その結果2021年には都心部で4千戸ほどが不足し、初動対応に支障を来している[7]。残った建物も老朽化により大地震で倒壊する恐れもあるが、都心に再び官舎を建設するにはコストや批判があるため難しいとされる[7]。
また売却益は国家予算と比較して少額のため国家財政には寄与せず、都心の一等地を得られる不動産業者しか利益がないという意見もある[8]。
時事通信は、マスコミによる的外れな報道によって上記のような悪影響を及ぼしていることについてネット上で叩かれていることを認識しつつ、「当時のマスコミの報道」として反省などは述べていない[6]。 旧国鉄は、駅業務の場合において宿泊勤務を伴うので、駅の傍に置かれていた。現在では、窓口業務を早朝・深夜は行わない日勤で営業する駅が増えたり、信号操作は本社または支社指令からの遠隔操作により、各駅において信号操作の要員を置く必要がなくなったため、社宅を駅傍に置くことは見られなくなっている。機関区を持つ(=運転士が駐在する)駅になると、職員の数は必然的に多くなり、官舎に住む家族も含めると小さな団地を形成することもあった。そのような官舎には物資部による商店も存在した。炭鉱住宅や工業地帯にある社宅の「購買所」「供給所」の様なものである。国鉄の名残で、JR各社が従業員に提供する住宅も宿舎と呼ばれている。
公企業の宿舎
脚注^ デジタル大辞泉 かん‐しゃ〔クワン‐〕【官舎】
^ 精選版 日本国語大辞典「公舎」ほか