10代のころ、月刊アニメージュに『風の谷のナウシカ』や『天空の城ラピュタ』のイラストを投稿して掲載された。
日本大学芸術学部在学中の1989年にスタジオジブリを受験し合格、半年後の1990年に研修生の二期生として入社する[注 3][2][5]。
1991年公開の『おもひでぽろぽろ』の動画からアニメーターとしての活動をスタートし、『紅の豚』『海がきこえる』『平成狸合戦ぽんぽこ』『耳をすませば』で原画を担当[15]。宮崎駿にその才能を認められ、短編『On Your Mark』で初めて作画監督を任され、25歳で『もののけ姫』のチーフ作画監督に抜擢される[15][16]。『もののけ姫』では宮崎駿のイメージボードを基にキャラクター設定も行った[17]。
2001年の『千と千尋の神隠し』でメインの作画監督を務め、当初は演出も任されるという話もあった。しかしキャラクターの描き方や作画作業の役割、演出の方向性での意見の違いから宮崎監督と対立する[10][18]。
2003年、スタジオジブリを退社してフリーとなる[19]。以後、今敏監督作品に参加するようになり、映画『東京ゴッドファーザーズ』では作画監督、映画『パプリカ』ではキャラクターデザインと作画監督、テレビアニメ『妄想代理人』ではキャラクターデザインを担当した[18]。
2012年、沖浦啓之監督の『ももへの手紙』でキャラクターデザインと作画監督を担当[18]。
2013年、『かぐや姫の物語』で作画スタッフとして久しぶりにジブリ作品に参加。翌2014年の『思い出のマーニー』では、『千と千尋の神隠し』以来13年ぶりにジブリ作品で作画監督を務める[20]。また同作では共同脚本も手掛けた[注 4][19]。
2016年、新海誠監督の映画『君の名は。』の作画監督とキャラクター設定を担当した[21]。本来ならキャラクターデザイナーの田中将賀が作画も行った方が作業もスムーズに進むので好ましいが、田中が他の仕事も抱えていたため、新海がもともとファンだった安藤に作画監督のオファーを出した[注 5][6]。作品で安藤は田中将賀のデザインをもとにキャラクター設定表を起こし、チーフ作画監督を担当した[注 1][22]。アニメーター出身ではない新海監督は自ら作画指揮を行う演出スタイルではないため、原画メンバーの多くを招集したり演技設計の最終的なイニシアチブを取ったりと、作画の実務については安藤が担った[1]。