娯楽小説
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またシャーロック・ホームズに発想を得た岡本綺堂半七捕物帳』や、野村胡堂銭形平次捕物控』などの捕物帳もの、獅子文六の『悦ちゃん』などのユーモア小説、直木三十五南国太平記』、大佛次郎鞍馬天狗』、林不忘丹下左膳』などの人気作品が生まれた。

それまでの大衆文芸、大衆文学は、時代小説、いわゆるチャンバラ小説を指し、通俗小説はこれには含めなかった。昭和初期になると、三上於菟吉牧逸馬のように、時代ものと現代ものの両方を書く作家も増え、時代小説に加えて、通俗文学などの現代物、探偵小説科学小説、ユーモア小説、股旅小説、実録小説なども大衆小説の範疇となっていく。

通俗小説に新境地を見出した菊池寛は『文芸春秋』創刊などを通じて、文壇の大御所として後生の育成に努めることにより、大衆小説はその全盛期を迎える。その影響は広く、「文学の大衆化」を掲げたプロレタリア文学の陣営も、大衆小説の存在を強く意識し、徳永直貴司山治らは、「プロレタリア大衆小説」の創造を提唱した。

新青年』誌を中心に江戸川乱歩小栗虫太郎橘外男らの探偵小説が興隆し、国枝史郎神州纐纈城』のなどの伝奇小説海野十三の科学小説、『ドグラ・マグラ』の夢野久作久生十蘭といった異端作家とともに、江戸時代以来泉鏡花などに受け継がれていた怪奇幻想趣味が復活させられた。1930年前後には龍胆寺雄新興芸術派の作品が、当時の昭和モダンエロ・グロ・ナンセンスにまつわる「風俗的感受性」を表現していた[6]

1931年からは白井喬二、江戸川乱歩、吉川英治らの全集が刊行されて大衆文学が文壇においても注目されるようになり、谷崎潤一郎が『新青年』に「武州公秘話」を連載、『中央公論』で長谷川伸「一本刀土俵入」を掲載、婦人雑誌の連載を始めた横光利一は「小説家というものは芸術家であるよりない方がいい」(『作品』1931年2月号「詩と小説」)とのちの「純粋小説論」にも繋がっていく立場を表すなど、純文学作家の大衆的傾向への接近も現れ、大衆文学の興隆とともに、純文学の危機論、文芸復興といった運動にも繋がっていく[7]。1931年には文壇内でも、丹羽文雄のマダムものや、舟橋聖一などの官能的な風俗小説、社会的リアリズム作家と言われる石川達三なども流行作家としての地位を築いた。

戦後の時代小説は封建的モラルを否定される中で、山手樹一郎の明朗小説、邦枝完二の芸道ものなどが書かれ、続いて捕物帳がブームとなり、昭和30年代には柴田錬三郎眠狂四郎』、五味康祐柳生武芸帳』など、新しい剣豪小説が人気となる。一方で加賀騒動大槻伝蔵の視点から描く村上元三『加賀騒動』(1952年)、伊達騒動における原田甲斐を描く山本周五郎樅の木は残った』(1954年)など、従来の悪玉・善玉像を一変させる新しい歴史像を打ち出すとともに、政治的な世界における人間像を描く作品が現れ、大井廣介は『樅の木は残った』を「刀をふりまわすヒロイズムをはじめて本質的に否定した長篇」と評している。戦後の価値観の転換はまた、吉屋信子らの貞操小説から「肉体」を思想とする田村泰次郎舟橋聖一らを経て「姦通」や「よろめき」に関心を移していき、佐々木邦などん小市民的ユーモア小説は、源氏鶏太中村武志のサラリーマン小説や、石坂洋次郎らの青春小説へと移行していく[8]。1950年から長期連載された大河小説、山岡荘八徳川家康』は、それまでの家康像を覆すだけでなく、経営者やサラリーマンの処世哲学として広く読まれるようになった。
大衆小説の位置付け

「大衆」文学という語の初出は、博文館発行の『講談雑誌』(1924年春の号)に使われた、「見よ、大衆文学のこの偉観」という惹句とされている。この当時は、探偵小説、恋愛通俗小説はまだ「大衆小説」とは呼ばれておらず、主として「高等講談」と呼ばれた時代小説、歴史小説を指していた。この造語により、それまで人情小説・風俗小説と呼ばれていたジャンルが、大衆小説として統合されることになった。1935年頃からは通俗小説は大衆小説と一括りのものとなる。

一般に大衆小説の作家やその作品は、同時代の純文学作家とその作品に比べ、不当に低く評価されがちである。しかし、大衆小説の持つ大衆小説ゆえの文学性が、同時代、あるいは後代の文学者に評価される例も、決して少なくはない。

大衆文学の作家は、保守的な義理人情に加えて、大佛次郎は『赤穂浪士」では昭和初期のニヒリズムを、吉川英治『宮本武蔵』では禅の説教を取り入れて読者を惹きつけた。大佛次郎は戦後には『帰郷』のように、類型的な人物像やロマンとしての面白さの枠組みによる通俗小説の中に、日本文化論を盛り込んで芸術的に高めようとしてきて評価された[9]

昭和後期以降は、自ら積極的に大衆小説作家を名乗る作家は多くない。しかし、それは大衆小説の衰亡を意味するのではない。時代小説や風俗小説を手掛ける作家自体は、現代でも数多く存在するし、探偵小説推理小説ミステリ)、科学小説SFに名前を変えてジャンルを存続させている。


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