太平洋戦争(たいへいようせんそう、スペイン語: Guerra del Pacifico)は、1879年から1884年にかけて、ボリビア共和国およびペルー共和国とチリ共和国の間で行われた戦争である。1941年に勃発した同名の戦争と区別するため、硝石戦争(スペイン語: Guerra del salitre)とも呼ばれる。 南アメリカ大陸の太平洋岸の資源地帯を巡る戦争であり、係争3カ国の主要鉱石が硝石であったことから「硝石戦争(しょうせき せんそう、スペイン語: Guerra del Salitre)」とも呼ばれる。「太平洋戦争」とは、スペイン語の“Guerra del Pacifico”の訳にあたり(“Guerra”が「戦争」、“El Pacifico”が「太平洋」の意)、主に海戦が主体であったことによる。 16世紀にスペインやポルトガル王国などの植民地となっていた南米諸国は、フランス革命などの影響で19世紀には独立運動が起こり、ホセ・デ・サン=マルティンにより1818年にはチリが、1822年にはペルーが独立した。その後サン=マルティンに代わって、北のベネスエラからヌエバ・グラナダ、グアヤキル、キトと解放戦争を進めていたシモン・ボリバルと、アントニオ・ホセ・デ・スクレによってスペイン軍最後の拠点となっていたアルト・ペルーは1825年に解放され、南米の解放戦争が終わった。同年アルト・ペルーの指導者は、解放者シモン・ボリーバル (Simon Bolivar) にちなんで国名をボリビア (Bolivia) と改め、独立した。 これらの国々では独立後も主導権争いが起こり、ペルーとボリビアではカウディージョ(地方の軍事指導者)間の内戦が続き、1836年にはボリビアのアンドレス・デ・サンタ・クルス大統領がペルーを征服して、ペルー・ボリビア連合が成立するなどの動きがあったものの、チリとアルゼンチンのフアン・マヌエル・デ・ロサスの攻撃により1839年にこの連合が崩壊すると、以降は再び内戦と無政府状態が続いていた。
概略
背景イキケの海戦(画:トーマス・ソマスケールズ)