大腸菌
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大腸菌の最適な増殖は37 ℃であるが、実験室株の中には49 ℃の温度でも増殖するものもいる[22]。大腸菌は、LB培養液グルコースリン酸アンモニウム塩化ナトリウム硫酸マグネシウムリン酸カリウム、および水を含む)などの、成分が定義されたさまざまな任意の実験用培地を用いて増殖させることができる。細胞の成長と増殖は好気性または嫌気性呼吸によって促進される。その過程で、ピルビン酸ギ酸、水素、アミノ酸等の酸化プロセスと、酸素硝酸塩フマル酸塩ジメチルスルホキシドトリメチルアミンN-オキシドなどの基質の還元プロセスといった、多種多様な酸化還元反応を利用している[23]。大腸菌は通性嫌気性菌に分類されるが、酸素が利用可能な状況下では酸素を利用する。一方で、酸素がない環境下では発酵または嫌気性呼吸を利用して成長し続けることができる。酸素が存在しなくても生育できる能力によって、例えば水中のような嫌気的な環境でも増殖できるためようになるため、これは生存に有利な能力である[24]成長している大腸菌のコロニー
細胞周期大腸菌の連続的な二分裂モデル

細胞周期は3つの段階に分かれている。B期は、細胞分裂の完了とDNA複製の開始との間に発生する。C期は、染色体DNAを複製するのにかかる時間を含む。D期は、DNA複製の終了と細胞分裂の終わりの間の段階を指す[25]。より多くの栄養素が利用可能である場合、大腸菌の倍加率はより高くなる。ただし、倍加時間がC期とD期の合計より短くなっても、C期とD期の長さ自体には変化はない。最速の成長率を示す状況下では、複製ラウンドが完了する前に次の複製が開始され、DNAに沿って複数の複製フォークが形成され、細胞周期が重複する[26]

急速に成長する大腸菌の複製フォークの数は、通常2n(n=1、2、または3)である。これは同期複製と呼ばれ、複製が複製起点から同時に開始された場合にのみ発生する。ただし、培養物内の細胞は、全てが同期的に複製されるわけではない。複数ペアの複製フォークが存在しない細胞においては、複製開始は非同期になる[27]。この非同期は、たとえばDnaA [27]やDnaAイニシエーター関連タンパク質DiaAへの変異によって引き起こされている可能性がある[28]
遺伝的適応

大腸菌および多くの関連する細菌は、接合形質導入を介してDNAを転移する能力を持っており、これによって遺伝物質を既存の集団全体に水平的に広げることができる(遺伝子の水平伝播)。例えば志賀毒素をコードする遺伝子は、バクテリオファージと呼ばれるバクテリアウイルスを介した形質導入プロセスを通じて、赤痢菌から大腸菌に広がり、志賀毒素を持つ大腸菌 O157:H7が生まれたと考えられている[29]
系統学的分類

大腸菌は、系統分類学的にはプロテオバクテリア門ガンマプロテオバクテリア綱、エンテロバクター目、腸内細菌科に分類されている。しかしながら、大腸菌と呼ばれるグループの中には、非常に多様な遺伝的・表現型的形質が見られる。そのため、近年の大腸菌や関連細菌の分離株ゲノム配列決定に伴い、本来はこのグループを系統分類学的に再分類することが望ましいと考えられている[30]。しかしながら、主にその医学的重要性のために、再分類は行うことができておらず[30]、大腸菌は現在でも最も多様な細菌種の1つであり続けている。例えば赤痢菌属のメンバー(S. dysenteriae、S. flexneri、S. boydii、S. sonnei)は、本来なら大腸菌株として分類しなければならない[31]。同様に、他の大腸菌株(例えば、組換えDNAの研究で一般的に使用されるK-12株)は、再分類に値するほど十分に異なっている。典型的な大腸菌ゲノムの遺伝子のうち、すべての株で共有されているものはわずか20%程度である[32]

菌株は、他の菌株と区別されるような、独特の特徴を持つ種内サブグループである。この株間の差異は、分子レベルでしか検出できないが、細菌の生理機能やライフサイクルに変化をもたらす、というようなことがよくある。たとえば、菌株は、病原性能力、独特の炭素源を利用する能力、特定の生態学的ニッチを獲得する能力、または抗菌剤に抵抗する能力を獲得する可能性がある。大腸菌の異なる株は、しばしば宿主特異的であり、環境サンプル中の糞便汚染の原因を特定することを可能にする[33][34]。たとえば、水のサンプルにどの大腸菌株が存在するかを知ることにより、汚染源が人間、他の哺乳類など、どの生物から発生したのかを推測することができる。
血清型

病原性との関連を重視して、菌の表面にある抗原(O抗原、H抗原、K抗原)にも基づいて細かく分類されている[35][36]。O抗原は外膜リポ多糖由来のもの、H抗原はべん毛由来のもの、K抗原はカプセル(capsule)由来のものである。O抗原は現在約190種類ほどに分類されている[35][37]。例えば「O157(オーいちごーなな)」という名称は、O抗原としては157番目に発見されたものを持つ菌ということを意味しており[35]、「O111(オーいちいちいち)」はO抗原としては111番目に発見されたものを持つ、ということを意味する。H抗原は約70種類に分類されている。なお、さらに細かく分けるとO抗原とH抗原の両方を考慮した分類になる。例えばO157でも、H抗原に関する違いでさらに細かく分類することができ、H7のものとH抗原を持たないものがあるので、「O157:H7」と「O157:H-」という2種類に分けることができる[35]。一方で、一般的な実験室株はO抗原の形成を妨げる変異を持っているため、分類することはできない。
ゲノムの可塑性と進化

他のすべての生命体と同様に、大腸菌は突然変異遺伝子重複遺伝子の水平移動などの自然な生物学的プロセスを通じて進化する。特に、実験室株MG1655のゲノムの18%は、サルモネラからの分岐以降に水平的に取得されたものである[38]。E. coli K-12株およびE. coli B株は、実験目的で最も頻繁に利用される品種である。他の大腸菌のいくつかの株は、宿主動物に有害な形質を持つ。これらの毒性の強い株は通常、下痢の発作を引き起こす。下痢は、健康な成人では抑制的であるが、発展途上国の子供ではしばしば致命傷となる[39]O157:H7などのより毒性の強い菌株は、高齢者、若年者、免疫不全の人などに深刻な病気や死を引き起こしうる[39][40]

エシェリヒア属サルモネラ属は約1億200万年前に分岐したと考えられている(信頼区間:57-176 mya)。これは、各細菌の宿主の分岐とよく一致している。すなわち、前者は哺乳類から発見され、後者は鳥や爬虫類から発見される細菌である[41]。この祖先細菌から、5種の大腸菌の祖先種(E. albertii、E. coli、E. fergusonii、E. hermannii、E. vulneris)が分岐したと考えられている。最後の大腸菌の祖先種は、2000万から3000万年前に分裂したと見積もられる[42]

1988年にRichard Lenskiによって開始された、E. coliを使用した長期進化実験により、研究室で65,000世代を超えるゲノム進化の直接観察が可能になった[43]。たとえば、大腸菌は通常、クエン酸を炭素源として好気性に増殖する能力を持たない。このことは、大腸菌をサルモネラ菌などの他の密接に関連する細菌から区別するための診断基準として使用される。しかしながらこの進化実験では、大腸菌の1つの集団が、好気的にクエン酸を代謝する能力を進化させることが確認された。これは、微生物の種分化を引き起こすような、主要な進化的シフトの特徴であると考えられる。

微生物の世界でも動物と同様に、捕食の関係が成立する。そして大腸菌は、Myxococcus xanthusのような複数のジェネラリスト捕食者の餌食であることが知られている。この捕食者と被食者の両種は並行進化していることが、ゲノムや表現型の変化の観察から考えられている。大腸菌の場合、ムコイド産生(アルギン酸エキソプラズマ酸の過剰産生)とOmpT遺伝子の抑制という、病原性に関与する2つの側面を伴う、赤の女王仮説で実証された共進化モデルに従って、他よりも適応的な進化個体が選択的に生き残ると考えられている[44]


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