大悲心陀羅尼
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[18]青頸観自在像(心覚著『別尊雑記』より)

獅子面と面は那羅延天(仏教におけるヴィシュヌ)やカシミール地域で作られたヴィシュヌ像(en:Vaikuntha Chaturmurti)に見られる特徴で、「錫杖・蓮・輪・螺」という持物はヴィシュヌが持つ「棍棒・蓮・円盤・法螺貝」に相当する。一方、虎の皮・黒鹿の皮・黒蛇はシヴァが身に纏うものである。
伝来・受容

青頸陀羅尼が千手観音について説く経典に導入されると、千手観音の功徳を賛える陀羅尼と解釈され「大悲心陀羅尼」(大悲呪)と名付けられる。

千手観音(十一面千手千眼観音)は青頸観音と同様にヒンドゥー教の神々を仏教に取り入れて成立した観音の変化身と考えられている。「千の手を持つもの」を意味する「sahasrabhuja(サハスラブジャ)」はヴィシュヌやシヴァの異名でもある。インド神話に登場する原人プルシャも、千個の頭や千本の足を持つ巨人と言われる。千手観音(甘粛省瓜州県楡林窟)

武徳年間(618年?626年)、瞿多提婆(くたでいば、Guptadeva?)という僧侶がインドから携えていた千手観音図及びその経本・行法を皇帝に進上した。これが中国における千手観音信仰の始めとされている[19][20]。他の変化観音と比べて伝来がかなり遅れたものの、朝廷や密教の開元三大士(善無畏金剛智不空)の支持を受けたことから人気を得た[21]

永徽・顕慶年中(650?661年)、伽梵達摩が于?(ホータン王国)で『千手経』を漢訳する。千手観音関連の経典の最古の漢訳とされる智通訳『千眼千臂観世音菩薩陀羅尼神呪経』(貞観年中(620?649年)成立)とは異なり、経典内に説かれる陀羅尼は青頸陀羅尼(抄本大悲呪)である。世間に広く知れ渡るのは、この伽梵達摩訳である。

開元年間(713?741)に始まる様々な陀羅尼の流行に伴い、陀羅尼部分は伽梵達摩訳『千手経』を離れて別行し、中国社会に浸透していく[22]。その後、金剛智や不空による『千手経』の別訳とされるものも流布していく[注釈 2]。晩唐期になると、陀羅尼文が刻まれた石幢が多く建造され、大悲呪によって奇跡を起こす僧侶の逸話も広まった。また、大悲呪とともに『千手経』における観音に帰命する十願・六向を抜粋した『 ⇒大悲啓請』(大正蔵2843)が広く伝播した[23][24]敦煌で見つかった陀羅尼文や『大悲啓請』の写本の数の多さからその人気の程がうかがえる[25]

伽梵達摩訳がここまで僧俗を問わず絶大な人気を得たのは、他の千手観音に関する経典よりも比較的にシンプルで、陀羅尼の功徳が詳しくはっきりと説かれているからだと考えられている[26]
禅宗への普及

禅宗における最初の事例として、永明延寿著『慧日永明寺智覚禅師自行録』第九に当時の禅僧が大悲呪を読誦していたことを示唆する記事があるが、日常的に依用していたかどうかは不明である[27]大慧宗杲『大慧普覚禅師普説』「巻4」には陀羅尼の表記における字の異同をめぐる議論があるが、陀羅尼がこの頃広く知られていたことは考えられる[28]。このように禅僧たちによる陀羅尼への言及が増え始めたのは、早ければ北宋初期、遅くとも南宋末期を下らないと考えられる[29]

後の時代に、禅宗の日常の勤行の中に大悲呪が定着していった経過は、清規の変遷の中にある程度見出すことができる。禅宗の諸清規のうちで、まず最初に陀羅尼の名が見られるのは、南宋末期成立(1263年頃)の『入衆須知』で、読誦回数2回と示している[30]。続いて弌咸著『禅林備用清規』(1311年)では14ヶ所、『勅修百丈清規』(1336年?1343年)[注釈 3]では18ヶ所(バリエーションを含めると23ヶ所)[31]と年代とともに回数が増加している。なお中峰明本著『幻住庵清規』(1317年)は9ヶ所となっているが、附録『開甘露門』に施餓鬼会または盂蘭盆会にあたり最初に『大悲心陀羅尼』を唱えるよう指示があり[32]、現在の儀礼に近くなっている。

日本の臨済宗の開祖とされる栄西が布教を始めた頃(1191年)や、曹洞宗開祖の道元が南宋から帰国して興聖寺を開いた時(1220?1230年代)には大悲心陀羅尼は未だに禅宗に定着していなかった。日本の禅宗にこの陀羅尼が普及したのは鎌倉末期から室町時代以降と推定されるが確証はない。
各地における大悲心陀羅尼
日本

曹洞宗においては通常の呼び名は大悲心陀羅尼で、朝課仏殿諷経、朝課開山歴住諷経、略朝課万霊諷経、竈公諷経、晩課諷経、鎮守諷経等で読誦する[33]臨済宗では略称大悲呪、正式呼称大悲円満無礙神咒と呼ばれる[34]

禅宗のほか、天台宗真言宗にも読誦されることがある。かつては真言宗において「仏頂尊勝陀羅尼」と「宝篋印陀羅尼」に並ぶ最も重要される陀羅尼の一つであったが[注釈 4]、現在は大悲呪の代わりに「阿弥陀如来根本陀羅尼」が三陀羅尼の一つとして数え上げられている。


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