昭和53年(1978年)、多羅尾伴内シリーズを観て育った世代の小池一夫・石森章太郎によって劇画化作品『七つの顔を持つ男 多羅尾伴内』が世に出る。これを受けて、東映はリメイク作品の製作を決定、脚本には比佐の弟子である高田宏治、主演二代目には小林旭が起用された。
同年のリメイク1作目『多羅尾伴内』は、初代・千恵蔵版の設定を踏襲しながらも、小林旭が「流しの歌い手」になってギターで歌うという千恵蔵にはなかった新趣向を見せるなど、好評であった。小池・石森の劇画が「原作」ということにしてあるが、劇画のような二人の多羅尾伴内という設定はなく、筋書きは1955年の東映作品『多羅尾伴内シリーズ 隼の魔王』(三番打者怪死)を再構成し脚色した。
同年の2作目『多羅尾伴内 鬼面村の惨劇』も老婆に化ける(伴内唯一の女装)など意欲的な面が見られたが、舞台を寒村に限定するなどの試みがうまくゆかなかったのか興行的に失敗し、リメイクは2作品で打ち切られた。以後はまったく映画化されていない。詳細は「多羅尾伴内 (小林旭版)」を参照 多羅尾伴内シリーズは、それぞれ1作品で話が完結している。初期の大映時代にはストーリーにも試行錯誤の変化が見られるが、東映時代の後期になるにつれて定型パターン化してゆく。千恵蔵版の定型ストーリーは以下のようなものである。 多羅尾伴内は「多羅尾探偵事務所」を開設する飄々ととぼけた感じで風采の上がらない私立探偵である。いつもユーモラスにひょこひょこと歩く。怪事件が発生すると警察を訪れて情報交換をしながら調査を開始する。変装の趣味があるのか、多羅尾伴内は調査に当たって次から次へとちがう謎の人物に変装してゆく。彼が変装するのは、多羅尾自身や「片目の運転手」「せむしの男」のような冴えない人物か、「手品好きのキザな紳士」「奇術師」「インドの魔術師」あるいは「中国の大富豪」のような風変わりな人物が多い。映画の観客から見れば同一人物であることは一目瞭然なのだが、なぜか他の登場人物たちには少しも気づかれる様子がない。多羅尾および彼が変装した5人の人物の調査・工作によって事件はかき回され、解決するどころかかえって事態は複雑化して、それに巻き込まれてしまった人物が死にいたることすらしばしばある。こうして伴内は、事件に関連する人物群を網羅的に掌握し、彼らが大団円の舞台へ集まるように誘導工作をする。 伴内による工作の効果によって、犯罪一味や被害者たちが大団円の舞台へと集まる。伴内が化けた謎の男を前にして、犯罪一味のボスが問う。 こういうや否や、謎の男は自身の扮装を剥ぎ取って真の姿・藤村大造となり、事件の真相を解説した後で、二挺拳銃で犯罪一味と銃撃戦になる。多羅尾(藤村)あるいは被害者などから通報を受けた警察がパトカーで駆けつけるころには、藤村大造が勝利を収めている。 ラストシーン。犯罪一味が警察に捕縛されている間に、藤村は悠々と(いつのまに準備したのか)オープンカーで去ってゆく。救出された被害者が藤村に礼を言おうと追いかけると、車はすでに遠ざかり、後には藤村が詩を書き残した紙片が木や塀に貼り付けられていて、被害者は感銘を受けて物語が終わる。 「多羅尾伴内」シリーズのポイントは、主演(片岡千恵蔵・小林旭)が次々に目まぐるしく七変化をするという趣向にある。七変化で変装する人物たちは、多羅尾伴内自身を含めて、風采の上がらない人物や奇妙な感じの人物が多い。ところが事件の大団円で、謎の人物が変装をかなぐり捨てて颯爽とした藤村大造の正体を現わすと、主演の二枚目さがより際立つというしくみである。 多羅尾伴内の正体。大正6年3月20日生まれ。かつてはアルセーヌ・ルパンのごとき怪盗紳士であったが、後に改心して義侠心により「正義と真実の使徒」として社会のために活動している。神出鬼没な変装の天才で探偵も開業するという設定は、和製アルセーヌ・ルパンそのもの(義賊)といってよい。このため私立探偵・多羅尾伴内は、無報酬で事件を解決することになっている。 七変化の変装人物たちを、比佐芳武脚本(千恵蔵版)の登場頻度順に示す。数字は作品順番(下表を参照)。 題名製作年撮影所色監督脚本撮影主演善役悪役備考
ストーリーの定型
ボス 「貴様は誰だ!?」
謎の男 「七つの顔の男じゃよ。ある時は競馬師、ある時は私立探偵(多羅尾伴内)、ある時は画家、またある時は片目の運転手、ある時はインドの魔術師、またある時は老警官。しかしてその実体は……正義と真実の使徒(=使者)、藤村大造だ!」(使徒を人と聞き違える人多し)
(このやりとりは、もちろん変装によって変わる。言葉づかいも多少変化する)
七変化?多羅尾伴内と藤村大造
藤村大造
七変化の人物たち
藤村大造(毎回):正義と真実の使徒。元怪盗で、伴内の正体。事件の真相を語り、二挺拳銃で犯罪団と銃撃戦を展開する。事件解決後は、一編の詩を残して、オープンカーで去ってゆく二枚目紳士。
多羅尾伴内(毎回):無報酬の私立探偵。伊達眼鏡と口ひげ、ひょこひょこ歩くとぼけた感じの男。
片目の運転手(1.?3.,5.?7.):名前は押川広吉(おしかわ・ひろきち/こうきち)。ハンチング帽をかぶり、右目に眼帯をしているこわもての男。
片目の建築技師(4.):片目の男は毎回必ず登場するが、第4作は事件が劇場内だけで完結するので「片目の運転手」が登場せず、代替。
老いた人物(毎回変装):老巡査(1.)、老警官・和田巡査(10.)、老占い師(2.)、老浮浪者(3.)、老医師(4.,7.)、老公証人(4.)、アパートの老管理人(5.)、老私立探偵(6.)、老計理士(8.)、老保険外交員(9.)、中国の大富豪・張子銘(11.)。
手品をする人物(7回)
キザな紳士(2.,10.,11.):世の中が何もかも退屈で「つまらん」を連発するが、手品とドライブやギャンブルが好きな紳士。第2作では「押川広吉」と名乗る。
奇術師:奇術師(1.)、風来坊の奇術師・天光斉(6.)
新田政吉(8.,9.):金庫破り・密輸人のやくざ者。手品もできる、通称「マジックの政」。
インドの魔術師(10.):名前は「ハッサン・カン」。アブサン(洋酒)を口に含んで火を吐く。監禁されても鉄格子を破って脱出する強烈な印象の魔人。
せむし男(3回;3.,7.,11.):伴内の鞄を背中に入れて、せむしに見せている、謎の怪人。第11作では「張子銘の子・張孔明」と名乗る。
マドロス(3回):船員くずれの波止場やくざ(5.)、船長・片倉雄吉(9.)、香港丸の船員(11.)。
占い師(2回):手相見(1.)、老占い師(2.)。
元伯爵(2回):土屋元伯爵(3.)、宝石マニアの元伯爵(5.)。
謎の東洋人(2回):アラブの宝石鑑定士スリマン・ベンガジ(5.)、インドの魔術師ハッサン・カン(10.)。
異国の大富豪(2回):王介雲(9.)、香港から再来日した大富豪・張子銘(ちょう・しめい)(中国の大富豪)(11.)。
横川権吉(1回;7.):北海道のボス、通称「ハッパの権」。頬にダイナマイト爆破でできた醜い火傷の傷がある。アイヌのマキリが武器。
その他(1回):新聞記者(1.)、大学の研究員(2.)、万年筆売り(2.)、腹話術師(3.)、舞台の背景係(4.)、幽霊男(仮面;4.)、アイヌの軽業師「山岡アイン」(6.)、心霊術者(6.)、野球コーチ・レッドソックスの三塁コーチ(7.)、パウロ神父(8.)、気狂いの元軍人「源清盛」(8.)、長髪の画家(10.)、競馬師(10.)。
多羅尾伴内シリーズ作品リスト
1七つの顔
(1946)大映京都白黒松田定次比佐芳武石本秀雄片岡千恵蔵轟夕起子(M・S・C)
喜多川千鶴
服部富子(M・S・C)
月形龍之介
香川良介原健作
月宮乙女
上田吉二郎
村田宏寿
水原洋一モーリス・ルブランの「謎の家」(当時の訳題は「怪屋」)を殆ど翻案したものになっている
2十三の眼
(1947)〃〃〃〃〃〃喜多川千鶴
由利みさを
葛木香一
伊達三郎
寺島貢
奈良光枝
美奈川麗子