多文化主義
[Wikipedia|▼Menu]
1990年代初頭、ポール・キーティング労働党政権は多文化主義を支持する姿勢を崩さなかったが、オーストラリアの前首相ジョン・ハワードは、「国家としての主体性を国民全体で共有するべきだ」という理念の下、多文化主義に批判的である。とはいえ、多文化主義的な政策は何の変更もなく存続している。ただし、アンドリュー・ボルト(英語版)に代表される保守派の新聞コラムニストらは、国家的な同化政策の必要性を主張している。
スウェーデン

スウェーデンにおいては、公式には1975年に多文化主義的な政策に取り組み始めた。この政策が取られる10年ほど前から、スウェーデンは深刻な労働者不足に見舞われ、同時に他の北欧(スカンジナビア)諸国やポーランド南ヨーロッパ、中東からの移民が増加していた。このため、1979年までにスウェーデンの全在住者の11%が国外出身者となった。これを受けてスウェーデン政府は、移民に対して国内で働く条件としてスウェーデン語を話すことを要求し、同時に大学の学外講座として(スウェーデン語の)語学研修を無料で受けられるようにした。

複数の自治体と大都市における一部の地区においては、住民の大多数がスウェーデン語を話さず、文化的にもスウェーデンと馴染まないような地域が生まれた。そこで国は、移民の子ども達がスウェーデン語を学ぶための教室を各学校に創設し、他方で移民らの出身国に応じた言語(=スウェーデン語以外の言葉)による教育を与える試み母国語プログラム[14]を放課後の補習として開始した。これらの多文化主義的な政策は、現政権によって絶えず批判に晒されており、再検討の段階に入っている。
アメリカ合衆国

アメリカ合衆国 では政府の政策として多文化主義を採用しておらず、一部の州政府が英語とスペイン語の二言語常用を採用しているのみである。しかし近年では、アメリカ政府は多文化主義を支持する傾向にある。例えばカリフォルニア州では、カナダの多くの州と同じように、運転免許を取る際に試験の言語を選択することが出来る。
イギリス

保守党の政権下(1979年から1997年の間)では、多文化主義的な発言は左派陣営の中でのみ主張されるに留まっていた。しかし、1997年以降の労働党政権の発足以降、政府の政策や発言は多文化主義の影響を受けている。現政策の先駆けとなったものとしては、1965年の制定以降修正案が加え続けられている「人種関係法」や同様に1948年に制定された「イギリス国籍法」などが挙げられる。近年はアラブ系移民の増加によって西欧的価値観とイスラム的価値観の摩擦が問題化している。2011年2月にデーヴィッド・キャメロン首相は「国としての多文化主義は失敗した」と公式に発言した[15]。多文化主義政策に否定的な態度を取る最近の批評家としては、ウガンダ生まれのヨーク大主教ジョン・センタムやパキスタン生まれのロチェスター教区主教マイケル・ナジラリなどが挙げられる。
マレーシア

マレー半島は、国際的な貿易やりとりの歴史が長く、半島の民族的や宗教的な成り立ちに影響をもたらしている。18世紀以前はマレー人が支配的だったのに対し、イギリス人が新しい産業と共に中国人やインド人労働者を導入した際に、民族構成が激しく変化した。ペナン州マラッカシンガポールなど当時のイギリス領マラヤに属するいくつかの地域は、中国人が大部分を占めるようになった。インド、中国、マレーの3つの民族とその他少数民族グループ間の共存は、マレー人の人口統計や文化的な位置付けに影響したにもかかわらず、主として平和的である。

マラヤ連邦独立以前は、マレーシア社会契約(英語版)が新しい社会の基礎として交渉されていた。マレーシア憲法(英語版)にも反映されたその契約は、移民達に市民権が与えられることやマレー人に特別な権利が保障されていることが述べられている。この政策はよくブミプトラ政策と呼ばれている。

マレーシア連邦国自体の設立は「人種の数学」で重荷を負わされてきた。当時の首相トゥンク・アブドゥル・ラーマンは、サラワク州とボルネオ島北部(英語版)が認可されない限り、シンガポールも連邦の一部として認めないとしていた。その首相の主張の根拠には、シンガポールの包含による新しい連邦国は、マレー人を代償にして中国人を新しく多数派勢力にしてしまうという懸念があった。その一方で、ボルネオ島にあるそれらの州を含めば、マレー人を多数派として維持できることが背景にあった。

民族間の緊張は1963年のマレーシア国設立と共に続いた。人民行動党の元率いられたシンガポールと統一マレー国民組織に率いられた連邦政府との間には社会契約に関する議論が絶えず、このマレー人と中国人間の緊張は、後にシンガポールで1964年の人種暴動(英語版)を引き起こすこととなった。この暴動は、部分的にマレーシアからのシンガポール追放(英語版)を促すものとなった。同じ頃、マレーシアではマラヤ非常事態(英語版)として知られる共産党による反乱が起こっていた。この紛争は、中国人支持のマラヤ共産党とイギリスが後ろ盾になっていたマレー人支持政府との間によるものと捉えられている[16]

最悪の暴動は、1969年に再び中国人とマレー人の間に起こった5月13日事件である。これは、民族間における経済的不釣合いを減少させることを目的としたマレーシア新経済政策(英語版)や、ルクネガラ(英語版)と呼ばれる全ての民族間での団結を奨励したマレーシアの国家指針などの政策導入や、ディーパラヤ(英語版)(ディーワーリーとハリラヤ・プアサの混成)やコンシーラヤ(英語版)(旧正月とハリラヤ・プアサの混成)などの習合祭事の啓蒙につながっていった。教育面では、当地で話されている言語を活用した教育(マレーシア教育の章を参照)が国の教育政策として取り入れられ、中国を除いて、マレーシアのみが世界で唯一中国語での教育システムを持っている国である[17]

これらの多元論的政策は、非宗教やイスラム教ではない宗教の影響に反対する正統派イスラム教徒やイスラム主義政党から圧力を受けており、この問題は論争の的になっているマレーシアでの信教の自由(英語版)に関わっている。
ドイツ

ドイツでは、トルコ人を始めとする、約5%のムスリムが居住しているが、近年、ドイツ人との摩擦が注目されるようになってきている。
批判

文化人類学者から、文化というコンセプトの持つ抑圧性の自覚と反省のうえにたっていれば、多文化主義は現状改善のための有効な理念であるが、文化の境界性を権力の側が勝手に設定してしまう承認を通した管理にすぎず、また「違いを尊重」する土俵を隠蔽してしまうことが問題視されている[18][19]。これらの議論は文化という概念がもはや政治化しており、文化人類学のなかの「文化というコンセプトが過剰に本質主義化し、抑圧の道具となっているから廃止すべきだ」という議論[20]や、ナショナリズム研究における「国民文化というものは近代における政治的意図のもとに想像(創造)されたもの」[21][22]を踏まえ、「そこから真正性の文化というものを識別可能だということすらもはや幻想である」[23]という議論が底にある。

多文化主義を批判する人たちは、互いに影響し合いながらも異なる文化が穏やかに共存するという多文化主義の理想が、持続可能なものなのか、逆説的なものなのか、あるいは望ましいものなのかについて、しばしば論争になっている[24][25][26]。これまで独自の文化的アイデンティティの代名詞であった国民国家が、強制的な多文化主義に負けてしまい、結果的に受入国が有する独自の文化を破壊してしまうという主張がある[27]

サラ・ソングは、文化とはその構成員によって歴史的に形成されてきたものであり、グローバル化によって境界がなくなったことで、他の人が思っているよりも文化が強いものになっていると考えている[28]。さらに、文化は相互に建設的であり、支配的な文化によって形成されると考え、特別な権利という概念に反対している。ブライアン・バリーは、政治分野における文化の違いを無視したアプローチを提唱しており、グループベースの権利は、個人を基本とする普遍主義的なリベラル・プロジェクトに反していると考えている[29]

ハーバード大学の政治学の教授であるロバート・D・パットナムは、多文化主義が社会的信頼にどのような影響を与えるかについて、約10年にわたる研究を行った[30]。アメリカの40のコミュニティで2万6,200人を対象に調査を行ったところ、階級や収入などの要素を調整したデータでは、人種的に多様なコミュニティほど信頼感の喪失が大きいことが明らかになった。多様性のある地域の人々は、「地元の市長も新聞も信用せず、他人も組織も信用しない」とパットナムは記している[31]。このような民族的多様性がある中で、パットナムは「私たちは身を潜めて、亀のように行動する。多様性の効果は想像以上に悪い。それは、自分とは違う人を信用しないということだけではない。多様性のあるコミュニティでは、私たちは自分に似ていない人を信用しない」と述べている[30]。しかし、パットナムは、「多様性に対するアレルギーは、次第に薄れ、消えていくものである……長い目で見れば、私たちはより良くなると思う」とも述べている[32]。パットナムは、自分が社会の多様性に反対しているという主張を否定し、自分の論文が人種差別的な大学入学に反対するように「ねじ曲げられた」と主張した。また、パットナムは「広範な研究と経験から、人種や民族の多様性を含む多様性が社会に大きな利益をもたらすことが確認されている」と主張している[33]


次ページ
記事の検索
おまかせリスト
▼オプションを表示
ブックマーク登録
mixiチェック!
Twitterに投稿
オプション/リンク一覧
話題のニュース
列車運行情報
暇つぶしWikipedia

Size:50 KB
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:undef