変形菌
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しかしメキシコベラクルス州では、先住民がススホコリ(英語版)の変形体やマンジュウドロホコリ(英語版)の若い子実体を「月の糞」(caca de luna) と呼び、揚げて食用とすることがある[5][6][56][57]

中国では、土中からまれに「太歳」とよばれる肉質の塊が見つかることがある。「肉霊芝」ともよばれ、始皇帝の時代より不老不死の妙薬として記されている。2008年、中国陝西省で見つかった「太歳」は、当初は白く球状の塊であったものが2日後には茶色く扁平になったとされる(重さ17キログラム)。このような「太歳」は変形菌であるとされることもあるが、変形菌の変形体や子実体の特徴とは合致しない点もある[58]
生物学の材料として11a. セイヨウカノコソウの根へ伸びるモジホコリの変形体[59]

変形菌は、生活環の中で巨大多核細胞である変形体を含むさまざまな状態に変化するため、細胞サイクルや分化、原形質流動、細胞骨格、運動、有性生殖などさまざまな研究の材料として用いられている[6]。特にモジホコリ (Physarum polycephalum) やゴマシオカタホコリ (Didymium iridis) は容易に培養できるため培養法が確立されており、モデル生物として利用されている[3][60][61][62](図11a)。

ただし、20世紀後半以降、細胞集合や細胞分化、細胞間シグナルなどの研究に利用できること、また分子生物学的手法をより適用しやすいことなどから、細胞性粘菌タマホコリカビ類(特にキイロタマホコリカビ)がモデル生物としてより多く使われている[63]。そのため、変形菌(真正粘菌)と細胞性粘菌が混同されることがあり、注意が必要である。11b. モジホコリの変形体は、最初に全ての経路に張巡らされているが (左)、最終的に餌 (赤) を結ぶ最短距離が残る (右)。

モジホコリ変形体を用いた研究では、迷路や路線図の最短経路を形成する実験が行われ(図11b)、中垣俊之らが2008年、2010年にイグノーベル賞を受賞している[64][65][66](→「粘菌コンピュータ」を参照)。このような変形体の反応は、さまざまな計算幾何学最適化問題に向いており、最小全域木巡回セールスマン問題、最適平面グラフなどに有効である[67]。またモジホコリの変形体を回路としたロボットも開発されている[68]
博物学の対象として12. 御進講の際の南方熊楠 (1929年)

南方熊楠(1867?1941; 図12)が変形菌に深く興味を抱いて研究したことは、広く知られている[69][70][71]。論文の形では発表されなかったものが多いが、南方の業績として日本産の変形菌を精査して196種を目録として報告したこと、生木の樹皮にのみ生育する変形菌の存在に世界に先駆けて注目したこと、いくつかの新種を発見したこと(ただし多くの場合彼の名は記載者に含まれていない)などがある。南方が自宅(和歌山県)で採集した標本に基づいてグリエルマ・リスターによって新属新種として記載されたミナカタホコリ(ドイツ語版) (Minakatella longifila) は生木樹皮に生育する変形菌であり、その学名は南方に献名されている。また昭和天皇も、一時変形菌に関心を待ち研究を手掛けていた。南方は昭和天皇に御進講し、標本を献上したことが知られている。昭和天皇の那須御用邸付近を中心とする採集標本からも数多くの新種が記載されており、服部広太郎の『那須産変形菌類図説』に結実している[72]

変形菌の子実体は微小であるが肉眼で見つけられるほどの大きさをもち、美しく奇妙な形をしたものもあり、種数も多いため多くの人の興味を引き、愛好家やアマチュア研究者もいる[73]。日本では1977年国立科学博物館の萩原博光らによって ⇒日本変形菌研究会が組織され、プロの研究者とアマチュア研究者、愛好家との交流や研究発表の場として機能している。また、一般向けの変形菌の書籍も比較的多く出版されている。
系統と分類
上位分類

生物学において、変形菌の最初の記録は1654年にさかのぼる(おそらくマメホコリ; Panckow 1654)[5][6][16][74]。また変形菌に分類される生物の学名については、リンネ (1753) の『植物の種』が出発点になる[3]。このような変形菌は、当初は菌類キノコ)、特に腹菌類子実体内に胞子を形成する担子菌類)として扱われていた。やがて変形菌における変形体子実体の関係が明らかになり、またアントン・ド・バリー (1859) によって変形菌の生活環が解明されると、変形菌が他の菌類とはかなり異なる動物的な存在であることが知られるようになった[5][6][74]。そのため、変形菌を原生動物または原生生物に分類することも多くなった[74][75]。動物分類学で扱う場合、変形菌(および他の粘菌)の名称としてしばしば Mycetozoa(動菌、菌虫;菌類的な動物の意)が用いられた。また変形菌類の種の和名の語尾は「?ホコリカビ」とされていたが、一般的な菌類との異質性が広く受け入れられるようになると共に、「?ホコリ」とされるようになった[76]

ただし変形菌の分類はおもに子実体の特徴に基づいていたこと、およびその研究にはおもに菌類学の手法を用いていたため、長らく菌類学の分野で扱われていた。例えば20世紀後半には、変形菌は菌界広義の変形菌門(粘菌)の1綱(変形菌綱)として扱われることが多かった[11]。この広義の変形菌門(粘菌)には、狭義の変形菌(真正粘菌)とともに、細胞性粘菌原生粘菌ラビリンチュラ類ネコブカビ類が分類されていた[11]。しかし上記のように、変形菌を含む広義の変形菌門(粘菌)と狭義の菌類の間の類縁性が積極的に支持されていたわけではない。また広義の変形菌門(粘菌)に分類されていた生物の間にも大きな異質性があることから、その類縁性も疑問視されていた[11]

また Olive & Stoianovitch (1975) は、変形菌は糸状仮足をもつアメーバ細胞を形成する点で原生粘菌および細胞性粘菌の一部(タマホコリカビ類)に類似していることを指摘し、これらを1つの分類群(真正動菌綱 Eumycetozoa)にまとめることを提唱した[77]。真正動菌綱は原生生物界に分類され、変形菌、原生粘菌、タマホコリカビ類は、それぞれ真正動菌綱の亜綱として扱われていた[77][注 6]


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