士官
[Wikipedia|▼Menu]
この節は検証可能参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。出典を追加して記事の信頼性向上にご協力ください。(このテンプレートの使い方
出典検索?: "士官" ? ニュース ・ 書籍 ・ スカラー ・ CiNii ・ J-STAGE ・ NDL ・ dlib.jp ・ ジャパンサーチ ・ TWL(2013年4月)

陸軍では、陸軍将校の階級となるのは、「大将-中将-少将-大佐-中佐-少佐-大尉-中尉-少尉」である(陸軍軍人に準じる扱いを受けた朝鮮軍人の将校は、日韓併合1910年明治43年)から1920年大正9年)まで旧韓国軍時代のままの階級?大将・副将・参将・正領・副領・参領・正尉・副尉・参尉?を用いた)。

当初は、兵科分類は階級名称においても反映され、佐尉官では「陸軍○○大尉」(歩兵・騎兵・砲兵・工兵・憲兵など)と区別された。後に将校相当官が各部将校に改められるに伴い、衛生部・経理部といった各部等でも同様の階級名が用いられるようになる。更に1940年昭和15年)には兵科が廃止され、憲兵科と各部将校を除きいずれの兵科も階級の前に称していた兵科名を廃し単に「陸軍大佐」のように称した。

将校になるには中学校陸軍幼年学校を卒業して陸軍士官学校で学ぶのが一般的であった。士官学校卒業後、4ヶ月間の見習士官を経て少尉に任官した。ただし、後に陸軍士官学校本科が陸軍士官学校と航空士官学校に分かれると、航空士官学校は6ヶ月間教育期間が長かったため、見習士官はなかった。他に兵や下士官から選抜されて、カリキュラムは異なるものの士官候補生と同じ陸軍士官学校で将校学生として教育される少尉候補者や、甲種幹部候補生として予備士官学校を卒業して将校になる者もいた。太平洋戦争末期の歩兵部隊における幹部候補生出身の将校の比重は、師団の急増とともに高まっていった。

兵科の士官候補生の教育については、陸軍士官学校に詳述。

最終的な将校の官等表は次の通りである。

陸軍将校の官等(1945年6月1日から1946年6月15日廃止・1947年5月3日消滅まで)[5] [6] [7] [8] [9] [10]区分兵科技術部経理部衛生部獣医部法務部軍楽部
将官陸軍大将
陸軍中将陸軍技術中将陸軍主計中将陸軍建技中将陸軍軍医中将陸軍薬剤中将陸軍獣医中将陸軍法務中将
陸軍少将陸軍技術少将陸軍主計少将陸軍建技少将陸軍軍医少将陸軍薬剤少将陸軍歯科医少将[11]陸軍獣医少将陸軍法務少将
佐官陸軍大佐陸軍憲兵大佐陸軍技術大佐陸軍主計大佐陸軍建技大佐陸軍軍医大佐陸軍薬剤大佐陸軍歯科医大佐陸軍獣医大佐陸軍法務大佐
陸軍中佐陸軍憲兵中佐陸軍技術中佐陸軍主計中佐陸軍建技中佐陸軍軍医中佐陸軍薬剤中佐陸軍歯科医中佐陸軍獣医中佐陸軍法務中佐
陸軍少佐陸軍憲兵少佐陸軍技術少佐陸軍主計少佐陸軍建技少佐陸軍軍医少佐陸軍薬剤少佐陸軍歯科医少佐陸軍衛生少佐陸軍獣医少佐陸軍獣医務少佐陸軍法務少佐陸軍法事務少佐陸軍軍楽少佐
尉官陸軍大尉陸軍憲兵大尉陸軍技術大尉陸軍主計大尉陸軍建技大尉陸軍軍医大尉陸軍薬剤大尉陸軍歯科医大尉陸軍衛生大尉陸軍獣医大尉陸軍獣医務大尉陸軍法務大尉陸軍法事務大尉陸軍軍楽大尉
陸軍中尉陸軍憲兵中尉陸軍技術中尉陸軍主計中尉陸軍建技中尉陸軍軍医中尉陸軍薬剤中尉陸軍歯科医中尉陸軍衛生中尉陸軍獣医中尉陸軍獣医務中尉陸軍法務中尉陸軍法事務中尉陸軍軍楽中尉
陸軍少尉陸軍憲兵少尉陸軍技術少尉陸軍主計少尉陸軍建技少尉陸軍軍医少尉陸軍薬剤少尉陸軍歯科医少尉陸軍衛生少尉陸軍獣医少尉陸軍獣医務少尉陸軍法務少尉陸軍法事務少尉陸軍軍楽少尉

大日本帝国海軍の士官

この節は検証可能参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。出典を追加して記事の信頼性向上にご協力ください。(このテンプレートの使い方
出典検索?: "士官" ? ニュース ・ 書籍 ・ スカラー ・ CiNii ・ J-STAGE ・ NDL ・ dlib.jp ・ ジャパンサーチ ・ TWL(2013年4月)

基本的な階級

制度上は兵から下士官、准士官、士官と順次進級できる可能性がある陸軍と異なり、学歴至上主義の海軍では士官と学歴が無い下士官兵では全く別の階層だった。海軍士官と言っても職種と任用前の経歴により大別すると、正規の養成教育を受けた「士官」、商船学校出身や予備学生出身の「予備士官」、それと下士官兵から累進した「特務士官」に分けられていた。


次ページ
記事の検索
おまかせリスト
▼オプションを表示
ブックマーク登録
mixiチェック!
Twitterに投稿
オプション/リンク一覧
話題のニュース
列車運行情報
暇つぶしWikipedia

Size:79 KB
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:undef