報道倫理
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ジャーナリストの国際組織である国際ジャーナリスト連盟が1954年に採択した「ジャーナリストの義務に関するボルドー宣言」[1]では、ジャーナリストが守るべき義務として、真実の尊重、論評の自由、正確性、情報源の秘匿、盗用中傷名誉毀損・報道に関する金銭の授受の排除を挙げる一方、各国の法を認めつつも、職業上の事柄に関して、政府その他の圧力を排除し職業人としての規制のみ受け入れることを求めている。

また、世界各国で制定されている報道に関する倫理規定では、真実や正確性の尊重[† 2]、プレスの自由[† 3]、公正な取材[† 4]、情報源の秘匿[† 5]、公平な報道[† 6]、人権の尊重[† 7]が倫理規定に挙げられている[7]
報道倫理理論の歴史
「思想の自由市場」論

出版物の事前検閲が義務付けられていた1640年代のイギリスで、詩人で共和派運動家だったジョン・ミルトンが、検閲を激しく批判して言論の自由を主張した「アレオパジティカ」を著した。この中でミルトンは、「公開の場ですべての人が自由に発言すれば、真実で健全な意見は必ず勝ち残り、誤った不健全な意見は敗退する」と主張した。ミルトンによって基礎づけられたこの考え方は「思想の自由市場」論と呼ばれる。19世紀の哲学者ジョン・スチュアート・ミルは「自由論」の中で、「抑圧された見解が真実であれば、真実を知る機会を失う。真実でないとしても真実に対抗させることで真実を際立たせ、真実をはっきり知る機会を失う」として、言論の抑圧は害であると論じた[8]
社会的責任理論

しかし、20世紀に入ると、アメリカ合衆国ではイエロー・ジャーナリズムにより、メディアの大規模化、所有の集中化が進み、少数の経営者がメディアの編集権を握ることで、そのほか大勢の市民がメディアで自分の意見を伝えることが難しくなった。また、報道の商業主義化により、報道の歪曲、受け手の市民の権利侵害など、表現の自由と市民の利害が必ずしも一致しなくなった。こうした状況にあって、シカゴ大学総長のロバート・ハッチンスが委員長となり、1942年に設置された「プレスの自由委員会」は、1947年に報告書「自由で責任あるプレス」を公表した。この報告書は、プレスについて、「自由であるが、その自由は市民の権利と公共的関心を組み込んでいる場合」に限られるとした。その上で、「1.真実の報道、2.公共的討議の場の提供、3.社会各集団のイメージを映し出す、4.社会の目標や価値を示す、5.情報を十分に提供する」プレスが負うべき5つの責務を示し、プレスの自由が単なる政府の干渉からの自由ではなく、社会への責任と義務を伴った自由であることを打ち出した。この考え方は「プレスの社会的責任理論」と称されている[9]。国家権力の介入を最小限にとどめつつ、市民との紛争を解決するためにメディアの自主的規制の導入を勧告した社会的責任理論に基づき、欧米ではプレスに対する苦情申立機関が設立された。
メディア責任システム

フランスのクロード・ジャン・ベルトランは、社会的責任理論を発展させた「メディア責任システム(メディア・アカウンタビリティ制度、MAS)」を提唱している。メディア責任システム論は、国家の規制にも、ジャーナリストの道徳心にも依存せず、メディアの倫理を維持する方法として、メディアの倫理的意志決定過程の一部を外部に開放する、という考え方である。メディア責任システム論には、公開で議論し、判断を蓄積することで、倫理的基準が示される利点があり、1990年代後半以降に、日本でメディア倫理の審査を行う第三者機関が設置された際の基礎理論となっている[10]
報道倫理の要素
正確性

新聞雑誌を読む、テレビラジオニュースを視聴する人たちは、それが真実で正確であることを前提にして視聴しているので、誤った報道の罪は大きい。速報性を重視するジャーナリズムの場合、与えられた時間内で可能な限り、確かな情報源に基づく正確な情報を提供することが期待されている。ただ、取材対象が誤解や嘘に基づいた内容を証言している可能性を排除できず、また、ニュースを説明するスペースもごく限られているため、ニュースが絶対的に正確かつ真実であることは極めて困難である[11]。しかし、報道による人権の侵害でも、重大で深刻な人権侵害は正確さを欠いた報道から起こる。また、報道への信頼は報道活動にとって基本的な存在価値である。日本新聞協会元審査委員の後藤文康は、「訂正などきちんとした事後処理がなければ、誤報への責任感は生まれないし、誤報の痛みも感じない」として、当事者にとって重大な事実の誤りは、速やかに訂正されるべきだとしている。誤報による重大な人権侵害が起こった場合、検証記事が掲載されることもある[12]

また、いかなるニュース記事も誇張したり、過激な言葉や劇的な写真を使ってセンセーショナルに扱われてはならない。暴力を含む場合は子供に悪影響を与える可能性があるため、慎重な取り扱いが必要とされる[13]。 
誤報
詳細は「誤報」を参照

事実と異なる報道である「誤報」は、してはならない。誤報を防ぐために、報道機関は、名数表記の確認のほか、提供された情報の真偽を複数の情報源と照合して確認するなどしている。誤報が出てしまった場合、「訂正」「おわび」の報道を行っている[14]。メディアの誤報の要因について、元BPO理事長の清水英夫は、伝え手の1,傲慢さ、2,不勉強、3,思い込み、4,過剰な視聴者サービス、5,過剰な自己規制にあるとしている[15]
虚偽報道、捏造
詳細は「虚偽報道」を参照

「誤報」が取材の粗さや確認不足に基づくのに対し、「虚偽報道」(虚報とも)は報道機関や記者自身がありもしない情報をでっち上げることである。誤報同様、してはならない。ニセの電話で死亡記事や閉店広告を掲載した、海外のエイプリルフール用の作り話記事を真実と誤認して報じるなど、情報提供者の作り話に乗せられる場合もある[16]。著名な虚偽報道である「ジミーの世界」事件のプレスオンブズマン調査報告書は、虚偽報道の原因について、筆者の功名心があったこととともに、上司のチェックが不十分だったことを指摘している。厳しい内容の本報告書を事件後、素早く5ページにわたり掲載したワシントン・ポストは信頼低下をかなり避けられた、と評されている[17]。 
盗作
詳細は「盗作」を参照

他人の記事を盗む「盗作」は、他人の仕事を自分の仕事のように見せかける不公正な行為で、してはならない。元の記事に著作権が保持されている場合は違法でもある。先行記事がある報道をする場合は、自ら再取材して、独自の視点で書き直せば、盗作ではなくなる[18]インターネットの発達した現在では、自ら取材せず、インターネット上の記事や情報を、盗用するケースが問題になっている[19]
公平性

複数の事実、意見からニュースを構成する際、特定の立場、事実からのみ報道することは批判の対象となる。「公平な報道」は、世界各国の報道倫理基準で謳われ、日本の放送法でも不偏不党の原則が示されている。
客観報道

客観報道とは、記者の主観や意見を交えずにニュースを報道することである。事実報道はできるだけ客観的に観察し、伝達することで真実に迫ることが出来るという考え方に基づいている。報道の自由の原理は価値相対主義であり、特定の世界観を絶対視して、その世界観から物の見方を導き出す手法を採るべきでないからである。客観報道は、現代ジャーナリズムの基本原則となっている[20]。客観報道は多くの場合、1,報道事実を曲げずに描写すること(事実性原則)、2,報道する者の意見を含まないこと(没論評原則)、3,意見が分かれる事柄は一方の意見に偏らず報道すること(不偏不党原則)と定義づけられる[21]。客観報道を実現するために、記者と編集者は、1,事実を十分集めたか、2,事実の裏付けはしたか、3,偏った立場から見ていないか4,当初の仮説に合わない事実があれば、ストーリーを変更する柔軟さを持っているか、5,記事の客観性を組織として確認しているかを確認することが求められている[22]

官庁や捜査機関の発表を、発表したという事実としてのみ報道する安易な客観報道は、十分な裏付けを行わなければ「発表報道」に陥る危険がある。原寿雄は、発言者の世論操作や宣伝に利用される可能性を指摘している[† 8][23]

客観報道では、大きく変動する現実や、人間の心情に深く迫れないと考えた1960年代のアメリカ合衆国の若手ジャーナリストの中から、膨大な取材、資料収集やインタビューを行って、取材対象に深く関わるニュー・ジャーナリズムの手法も生まれた[24]
偏向報道
詳細は「偏向報道」を参照

記者や報道機関が一定の価値観を持ち、情報を取捨選択し、組み立てて「真実」として伝えたとしても、価値観が多様な社会では必ずしも一般性を持たない[25]。また、保守的な人は「報道がリベラルに」、リベラルな人は「報道が保守に」と、自分たちの信じることと違うときには、「偏向している」と感じる傾向がある[26]

報道機関が論説や分析、説明をする場合には自らの意見を表明することができるが、意見とニュースは明確に区別されるべきである[27]として、ニュースの偏向を、非倫理的であるとする考え方と、「『不偏不党』は真実追究にあまり役立たない」[28][† 9]、「反権力の視点を失わないことが大切であり、記者は反権力、市民の側に『偏向』していると公言すべき」[29]として、必ずしも常に非倫理的ではないとする考え方がある。

デニス・マクウェールはニュースの偏向を「党派的偏向」「宣伝による偏向」「無意識の偏向」「イデオロギーによる偏向」の4つに分類している。


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