堀内 賢雄(ほりうち けんゆう、1957年〈昭和32年〉7月30日[3][10] - )は、日本の男性声優、ナレーター[5]。静岡県御殿場市出身[3]。ケンユウオフィス代表取締役[6]、talk back主催。 御殿場市立御殿場中学校を卒業後、日本大学三島高等学校にスポーツ特待生で入学[3][11]するも、1年時に身体を壊して転校し[12]、逗子開成高等学校[3](タレントの吉村明宏とは同窓生)を卒業。なお、日大三島高校時代は野球部に所属[13]していたことから、『日本タレント名鑑』(2011年版)では特技の欄に野球とある。ポジションはピッチャー。中学時代はキャプテンも務めた[12]。中学生の頃は、静岡県で野球が一番うまかったと語るが、顧問からは「お前のだめなところは極めようとしないところだ」と言われていた[9]。ある程度までうまくなると、気が移ってしまい、怖く、声優に繋ぎとめているのかもしれないという[9]。 学生の頃は役者になろうと思っていなかったという[13]。小学生時代に朗読を褒められたこと[11][12]から高校卒業後にはDJになることを目指し、19歳の時に東京アナウンスアカデミーの1週間の基礎科集中講座を受講[3][14]。そのままDJコースに進むか考えるが、DJという職業は教わってなるものではないと考え、ディスコやクラブで飛び込みのDJや司会の仕事をするようになる[12]。目標にしていたDJは、小林克也や糸居五郎[11][12]。 次第にテレビ番組のナレーションやレポーターなどの仕事もするようになり[15]、知り合ったテレビ局プロデューサーに「役者になった方が面白いかもしれない」、「声優になれ」と言われる[12][9]。当初は断っていたが、次第に興味を惹かれるようになり、たてかべ和也のオフィス央を紹介され、所属[12][9]。たまたま受けたオーディションに合格し[12]、特撮番組『アンドロメロス』のアンドロウルフ役(1983年)でデビューした[3]。
経歴
生い立ち
キャリア