埴谷雄高
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埴谷は株式取引にも非常に詳しく、北が株に手を出して損をしたときに適切なアドバイスをしてくれたり、また埴谷が北の家に出向いたとき、埴谷の多面にわたる博識に感心した高校生の北の娘の斎藤由香が、高卒で終わるのではなく大学に進学し勉強することをその晩に決意し北を感激させたというようなこともあった[9]。このような博識で多趣味な人物であったことも、埴谷が多くの作家や編集者に慕われる理由であった。なお北は埴谷と二冊の対談集を出している。

ハンガリー産のトカイワイン、特に「アスー3プットニョシュ」を愛飲していた。かなりの酒豪で、晩年になっても明け方まで都内を飲み歩くことがしばしばだった。

武田泰淳大岡昇平平野謙井上光晴小川国夫島田雅彦らとの親交を中心に、文壇全体と広い交友があった。埴谷は大岡昇平との対談で、吉本隆明を「警察のスパイ」と批判したことがある。また、吉本隆明と、コム・デ・ギャルソン論争で激しく対決した。これは1982年の反核アピールを吉本が批判したところに端を発したものだが、同じ頃、埴谷に日頃批判的な中上健次が早朝埴谷に電話をかけてきて「お前を殺してやる」と言ったという。これに対し普段は温厚な埴谷が「お前になんか殺されてたまるか!」と電話口で激怒すると、その中上の電話は不意に切れたという[10]

他の作家や編集者から「埴谷先生」と呼ばれると、「私は人にものを教えている訳ではありませんから、先生ではありません。『埴谷さん』でいいです」と常に答えていたという。

文庫本は発表後1世紀以上を経た作品のみにすべきとの考えから、自分の作品は文庫化しないと公言していた。事実、生前には文庫本は一切出される事はなく、没後『死靈』と『埴谷雄高評論選』が文庫化された。

埴谷は妻の死後に武蔵境の自宅を@media screen{.mw-parser-output .fix-domain{border-bottom:dashed 1px}}講談社の子会社・音羽建設[要検証ノート]へ売却。その売却益で生計をたてていた。そして「群像」へ「死霊」の原稿を書き告ぐ約束でそのまま武蔵境の自宅に住み続けた。

18歳の時、演劇をしていた頃、素人女優に一目惚れされて「惚れたんなら来ればいいだろう」の一言で結婚した。のちに「女房よりいい女がたくさんいる」ことに気づき、後悔した時に日本共産党に入ったという[11]。のち、40歳を過ぎてから結核が治ったので、おくてながら遊蕩を始めたという[12]

「自分でいろんなことを考える決着がつくまでは子供は作らない」との思いから、戦前に妻が3回ほど妊娠した際も、出産を望まなかった。堕胎が犯罪とされていた時代だが妻は医者を見付けて堕胎し、その後、子宮の不調から戦時中に子宮を摘出したため、その後も子をなすことはなかった。妻は子供を産まなかったのを恨み、埴谷も「女房は非常に気の毒だ」と振り返ったが、戦後になって妻は「子供がなくてよかった」と言ったこともあるという[13]

著書
単著

フランドル画家論抄』洸林堂書房、1944(宇田川嘉彦名義)

ロダン』洸林堂書店、1942(作品編著、宇田川嘉彦名義)


『死靈』第1 真善美社 1948

『不合理ゆえに吾信ず Credo, quia absurdum.[アフォリズム集]』月曜書房 1950、現代思潮社 1961

『濠渠と風車』[評論集]未來社 1957

『鞭と独楽』[評論集]未來社 1957

『幻視のなかの政治』[評論集]中央公論社 1960、未來社 1963

『虚空』[小説・戯曲] 現代思潮社 1960、新版1973

『墓銘と影絵』[評論集] 未來社 1961

『罠と拍車』[評論集] 未來社 1962

『垂鉛と弾機』[評論集] 未來社 1962

『闇のなかの思想?形而上学的映画論』三一新書 1962、潮出版社 1978 増訂版

『甕と蜉蝣』[評論集] 未來社 1964

『振子と坩堝』[評論集] 未來社 1964

『ドストエフスキイ?その生涯と作品』日本放送出版協会NHKブックス〉1965。ラジオでの講話

『弥撒と鷹』[評論集] 未來社 1966

『影絵の世界?ロシア文学と私』平凡社 1967、筑摩叢書 1991、平凡社ライブラリー 1997。自伝エッセイ 

『渦動と天秤』[評論集] 未來社 1968

『闇のなかの黒い馬 夢についての九つの短篇』[小説] 河出書房新社 1970

『姿なき司祭 ソ聯東欧紀行』河出書房新社 1970

『埴谷雄高作品集』全15巻別巻1 河出書房新社 1971-1981

「作品集 第10巻 ドストエフスキイ論集」1987 


『欧州紀行』中公新書 1972

『埴谷雄高評論選書』全3巻 講談社 1973、講談社文芸文庫 2004(立石伯編)

第1巻 政治論集、第2巻 思想論集、第3巻 文学論集


『死靈 定本』(1-5章)講談社 1976

『石棺と年輪?影絵の世界』[評論集]未來社 1976

『戦後の文学者たち』[作家・評論集]構想社 1976

『影絵の時代』[随筆集] 河出書房新社 1977

『蓮と海嘯』[評論集] 未來社 1977

『薄明のなかの思想 宇宙論的人間論』筑摩書房(ちくまぶっくす) 1978

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