地中海世界
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さらに思想的にはギリシア神話を含む諸地域の神話やその神々、哲学としてはカルネアデスを代表とするの懐疑主義的傾向を強めた中期アカデメイア派やストア派エピクロス派ネオプラトニズムヘルメス思想などが広範に広がった。
共和政ローマ

アレクサンドロス帝国の勃興と並列して、共和政ローマは地中海世界西部に大きな勢力を広げて行き、やがて、地中海東部世界にもその勢力を伸張させて行く。ギリシアの植民地を支配するとともに、ギリシア本土にも勢力を拡大し、紀元前2世紀から1世紀にかけてはプトレマイオス朝を実質的に支配下に収め、パレスチナ沿岸でも覇権を掌握した。紀元前1世紀には、共和政ローマは、地中海世界のほぼ全域をその支配下に収めていた。

しかし他方で、ローマ内部でも社会不安の増大がみられ、グラックス兄弟の改革以降それは時に武力行使も伴いながら政治闘争へと発展していった。「内乱の一世紀」と呼ばれるこの時代においては、闘争はマリウススッラキンナによる独裁的な支配をも生んだ。この争いは、二度にわたる三頭政治、すなわち、第1回はポンペイウスカエサルクラッスス、第2回は、アントニウスオクタウィアヌスレピドゥスによる寡頭政治の形を経て一人支配の確立へと連なっていった。

クラッススはパルティアとの戦いで戦死し、ポンペイウスはカエサルに敗北したため、カエサルは広大なローマの支配領域に一人支配を打ち立てた。カエサルは終身独裁官に就任し、独裁的な権力を誇ったがブルートゥスら共和派によって暗殺された。カエサルの後継者は側近であったマルクス・アントニウスとカエサルの養子であるオクタウィアヌスで争われたが、エジプトのクレオパトラ7世と同盟したアントニウスをアクティオンの海戦でオクタウィアヌスが破り、オクタウィアヌスはローマにて全権を掌握しアウグストゥスの尊称を得た。彼は、インペラトルの個人名としての使用とカエサルの家族名は養父から受け継いだものの、あくまで共和政の伝統の継承者を装いつづけた。コンスル命令権、上級プロコンスル命令権、護民官職権の3つの権限を中核としたプリンケプス(元首)の地位は養子ティベリウスに受け継がれ、アウグストゥスの治世より帝政ローマの開始とされる。アウグストゥスは内戦の過程で、影響下にありながらも一応の独立を保っていたプトレマイオス朝も女王クレオパトラ7世を破ることでローマに組み込み、地中海世界全域はローマ帝国の支配下に置かれた。
ローマ帝国ローマ帝国の版図 (紀元60年?400年)

オクタウィアヌス・アウグストゥスのローマの統一と帝国化は、地中海世界においては、「ローマの平和(Pax Romana)」とも称された。ローマ帝国時代はまさにヘレニズムの文化が花開いた時代であり、東西の文化の交流と混淆による多様な文化思想宗教が興隆した。

ローマの政治は共和政期の民会元老院政務官の3つを中心としたシステムからプリンケプス皇帝)中心に移り、権威をもって君臨していた元老院は徐々にその力を失っていった。一方首都民衆は民会の停止と護民官の無力化によって直接の権力行使は失ったが、「市民の代表」である皇帝は首都民を完全に無視することはできず、一定の影響力は有しつづけた。しかし帝政期最も勢力を伸張させたのは皇帝に直接結びついた属州軍団であり、皇帝権力の基盤であるとともに障壁として皇帝権力の拡大とともにその勢力を伸張させていった。これら勢力の伸張に対し元老院、首都民衆といったローマの政治勢力は減退していった。

パックス・ロマーナ」はヘレニズムにおける文化シンクレティズムであるとともに、文化の退廃をも意味した。征服戦争による奴隷階級の増加と、正規市民の没落による下層民の増大は帝国の安定を危うくする要因でもあった。倫理道徳の低下は貴族階級で顕著であり、それはやがて市民一般の退廃となり、皇帝そのものも尚武の気風や英邁さを失い退廃へと落ち込んでいった。これらの退廃のなかで、下層階級では原始キリスト教が勢力を拡大し、ローマ軍団のなかでは兵士のあいだでミトラス教が教勢を増し、現世の退廃と失意を痛感する貴族階級ではストア派哲学が、属州およ÷びローマの中産教養階層のあいだでは、グノーシス主義が末世の世界観として流布して行った。その他方、ユダヤ教は、独立運動を起こし首都エルサレムが破壊されるとともに、ユダヤ人は故郷を失いディアスポラの民となった。
五賢帝と軍人皇帝時代

五賢帝の時代にあって、トラヤヌス帝は帝国の版図を最大に広げたが、後継者ハドリアヌスは帝国が版図を維持するのは困難であることを理解し、ゲルマン人ケルト人の侵攻に対し、寧ろ防御的姿勢を示した。


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