國粹会
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自殺と見られた[22]
五代目國粹会

2007年(平成19年)3月5日、信州斎藤一家総長・藤井英治が國粹会の五代目会長となり、上部団体の六代目山口組の直参に昇格した[23]。継承式は、同年4月19日に長野県諏訪市の信州斉藤一家本部事務所で執り行われた。
五代目國粹会組織図

会長 - 藤井英治(六代目山口組若頭補佐)
[23]

若頭 - 橋本龍雄(七代目古河生井一家総長)

舎弟頭 - 渡辺佐重(七代目吉田川一家総長)

本部長 - 小嶋年記(八代目信州斉藤一家総長)

最高顧問 - 杉本潔

会長秘書室長 - 山本義治(破傘一家総長)

副本部長 - 斉藤光明(十五代目寺谷一家総長)

國粹会系譜

初代〔日本国粋会会長〕:
森田政治(生井一家八代目総長)

二代目〔日本国粋会会長〕:山田政雄(斉藤一家六代目総長)

三代目〔日本国粋会会長〕:木村清吉(吉田川一家三代目総長)

四代目(1991年~2007年)〔國粹会会長〕:工藤和義(六代目山口組最高顧問、金町一家七代目総長)

五代目(2007年~)〔五代目國粹会会長〕:藤井英治(六代目山口組若頭補佐、信州斉藤一家六代目総長)

系列組織
古河生井一家

古河生井一家は、五代目國粹会の下部団体で、指定暴力団・六代目山口組の3次団体。
信州斉藤一家

七代目信州斉藤一家は、五代目國粹会の下部団体で、指定暴力団・六代目山口組の3次団体。長野県諏訪市に本拠を置く日本の博徒暴力団[24]
信州斉藤一家の略史
六代目信州斎藤一家

平成2年(1990年)11月、藤井英治が信州斎藤一家六代目総長になった。取持人は、日本国粋会本部長・工藤和義(後の四代目國粹会会長)だった[24]
信州斉藤一家の歴代総長

六代目 - 藤井英治(國粹会副会長。後に五代目國粹会会長、六代目山口組若中)
[25]

寺谷一家

寺谷一家は、五代目國粹会の下部団体で、指定暴力団・六代目山口組の3次団体。
生井一家

生井一家は、五代目國粹会の下部団体で、指定暴力団・六代目山口組の3次団体。東京都港区新橋に本拠を置く日本の博徒系暴力団。
前川一家

前川一家は、五代目國粹会の下部団体で、指定暴力団・六代目山口組の3次団体。
吉田川一家

吉田川一家は、五代目國粹会の下部団体で、指定暴力団・六代目山口組の3次団体。
田甫一家

七代目田甫一家(たんぼいっか)は、五代目國粹会の下部団体で、指定暴力団・六代目山口組の3次団体。東京都台東区浅草に本拠を置く日本博徒暴力団
田甫一家の略史

大正11年(1922年)12月30日、大日本国粋会の田甫一家(後の指定暴力団六代目山口組國粹会田甫一家)の青沼辰三郎(後の田甫一家五代目)は、浅草区千束町で、年忘れの賭場を開帳した。大和民労会の高橋組の木村は、青沼辰三郎の賭場に乗り込み、青沼を罵倒した。青沼辰三郎たちは、木村を賭場の外に連れ出し、暴行を加えた。これを切っ掛けに大和民労会と大日本国粋会の抗争事件が勃発した。詳細は「大和民労会と大日本国粋会の抗争事件」を参照
田甫一家の歴代総長

五代目:青沼辰三郎

脚注[脚注の使い方]
注釈^ 板垣および、土佐国は史上一度も朝敵賊軍になった事がない。
^ 板垣退助楠木正成ともに「尊皇討幕」であったこと、両者ともに時代の転換期の武将で、多くの人の精神的支柱となり、国会議事堂には板垣退助、皇居には楠木正成銅像が建てられ、また両者とも軍人出身で紙幣の肖像になった人物として共通項が多い。
^ 「一君のもと萬民悉く平等にして、みな同一均等の機會を有し、その間すこしも階級特權の存在を許さゞるは、我國建國の體制なり。(中略)しかりと雖も予が茲に平等均一といふは政治上における權利の平等均一と指すものにして、決してかの社會主義者の唱ふるが如く、社會上における生活の平等均一を指せるにあらず。けだし社會の實情において權利は之を平等均一ならしむることを得べきも、生活は決して之を平等均一ならしむることを得べからず。何となれば人間の智愚、強弱、勇怯、勤惰等の差別ある以上、これより生ずる所の生活の現象は自から相異ならざるを得ざるを以て也。(中略)社會主義の世界においては、勞働かしからずんば死か、この二者のうち一つを選擇せる可らざる場合、勞働が常に個人の上に來るべく、これが爲めに個人の自由を破壞し、その獨立自尊を傷け、その天爵(天性の才能)を認めず、人生を單に胃腑(胃袋)の問題に局限し、隨つて人智の退歩を來たし、社會の發展を阻み、人間の社會を變して禽獸の社會と爲すの虞あり。もし人間の社會にして個人の自由無からんか。かの自由衆異を生し、衆異眞理を生ずと言へるが如く、その個人敢爲の特性により、互に相反撥、競爭するが爲めに、その探求研磨の結果、遂に事物の眞理に到達する所の智識の源泉、向上の動機を失ひ、社會は遂にミイラの如きものと化さん。(中略)しいて、社會上における生活を平均せしめ、之を共有せしむるが如き社會主義は、我黨(自由党)の自由主義と相悖る(正反対である)所也」[3]
^ a b 「大日本国粋会大阪本部の發足。


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