条約制度として、世界人権宣言を条約化したといわれる経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(社会権規約)と市民的及び政治的権利に関する国際規約(自由権規約;ICCPR)があるが、特に発達している自由権規約の制度においても、自由権規約の第1選択議定書の下の個人通報制度では、自由権規約人権委員会 (the Human Rights Committee) は、法的拘束力のない「見解」(views)を述べる権限を有するにとどまる。他にも、国連の下で、人種差別撤廃条約、アパルトヘイトの防止と処罰に関する条約、女子差別撤廃条約、こどもの権利条約等の人権条約が作成され、実施されているが、同様に、拘束力のある決定を下す機関はない。
第二に、地域的保障は、欧州人権条約(正式名称、「人権と基本的自由の保護のための条約」)、米州人権条約、アフリカ人権憲章(正式名称、「人及び人民の権利に関するアフリカ憲章」)が非常に発達している。各制度は、独自の人権裁判所を有しており、強制的な法的拘束力のある判決を下して、その実効性を担保している点で、先の普遍的保障の制度と大きく異なる。なお、アジアにおいて、地域的人権条約を創設しようとする努力もなされたことがあるが、いまだ実現していない。
欧州人権条約は、「欧州評議会」(le Conseil de l'Europe; the Council of Europe)の下、基本的自由が世界における正義と平和の礎であるとして(前文)、1950年につくられた。加盟国は、広く、EU諸国から、ロシア、トルコまで含む。国家に加えて、個人や非政府団体も、ここに締約国の条約違反を直接訴えることができる(34条)「欧州人権裁判所」を有し、現在、大変活発に活動している。同裁判所の判決は強制力を有し(第46条)、加盟国を直接、法的に拘束する。
米州人権条約は、1969年に欧州人権条約にほぼ倣ってつくられた制度であり、同様に「米州人権裁判所」を有する。同裁判所も活発に活動しており、国際法の観点からは、例えば、1999年に国際司法裁判所で争われた「ラグラン事件」(メキシコ対米国)に関連して、独自に勧告的意見を出したことなどが、注目されている。
1981年に成立した人及び人民の権利に関するアフリカ憲章は、人権の保護を目指すと同時に、人民の平等(19条)や発展の権利(22条)も目的としている。同条約が設置していた「アフリカ人権委員会」は、その後、2006年に「アフリカ人権裁判所」(正式名称、「人及び人民の権利のアフリカ裁判所」; la Cour africaine des droits de l'homme et des peuples)に代わり、他の地域的制度と同様に司法機関を持つようになった。しかし、条約の実効性については、未だ発展段階にあるといえる。2008年7月1日に、「アフリカ司法人権裁判所規程に関する議定書」(Protocol on the Statute of the African Court of Justice and Human Rights)が成立し、これによれば、「アフリカ人権裁判所」と「アフリカ連合司法裁判所」の二つの裁判所が統一されることになっている(2020年6月18日現在、55ヶ国中、署名33ヶ国、批准8ヶ国。発効には15ヶ国の批准が必要)。この新たな裁判所は、条約、慣習法、アフリカ諸国に共通の一般原則を適用するとされ、勧告的意見も発することができることになっている。
国際人権法の最大の課題は、その国内的実施である。特に、各種人権条約の国内法秩序への直接適用性(direct applicability)が問題となる。日本において、自由権規約(ICCPR)については、国内判例では、1994年4月27日大阪地裁判決、1993年2月3日東京高裁判決、1997年3月27日札幌地裁判決ほかで関連条項の直接適用性が認められた。社会権規約(ICESCR)については、これが漸進的性格を有するゆえに、原則として直接適用性は認められず、1984年12月19日最高裁判決(「塩見事件」)でもICESCR第9条の直接適用性が否認されたが、社会権規約委員会(the Committee on Economic, Social and Cultural Rights)の一般注釈第3番(General Comment No.3)ではICESCR第2条の差別の禁止等、特定の条項は自動執行力があるとされている[67]。 「国際経済法」(International Economic Law)とは、国家間の経済活動を規律する国際法の一分野であり、第二次大戦後に急速に発展した分野の一つである。1947年の「関税と貿易に関する一般協定」(GATT; General Agreement on Tariffs and Trades)により、経済的価値が国際法に導入された。GATTの目的は、自由貿易の促進にある。そのために、「自由」(貿易制限措置の関税化及び関税率の削減; 関税譲許(2条))、「無差別」(最恵国待遇(1条)および内国民待遇(3条))、「多角」(=ラウンド、交渉)の三原則が存在する。 そして、多角的貿易交渉
国際経済法
WTOによって設立された紛争解決機関(DSB; Dispute Settlement Body)は、その後のGATT/WTO法の実効性に大きく寄与することとなった。特に、米国によりたびたび適用されてきた「スーパー301条」による一方的措置がこれによって禁じられ、全ての紛争は、「小委員会」(Panel)及びその上訴機関の「上級委員会」(AB; Appellate Body)の「報告」(Report)に服することになった。GATT/WTO法は、自己完結的制度(self-contained regime; un regime se suffisant a lui-meme)といえるだけの性格を保有するに至ったといわれることもある[68]。
また近年、GATT/WTO法による環境保護が急速に発展している。GATT20条(b)は、「人、動物又は植物の生命又は健康の保護のために必要な措置」を、同条(g)は、「有限天然資源の保存に関する措置」を、締約国に認めている。