国王大権_(イギリス)
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恩赦は司法審査に服さないことは、国家公務員労働組合評議会対行政機構担当大臣(Council of Civil Service Unions v Minister for the Civil Service)裁判によって確認されたが[34]、女王対内務大臣(ベントリー代理)(R v Secretary of State for the Home Department, ex parte Bentley)裁判のように、裁判所はその適用の有無について非難することがある[35][36]。起訴取下げは、イングランドおよびウェールズ法務総裁(またはスコットランドもしくは北アイルランドのこれに相当する者)により王の名において行われ、これにより個人に対する法的手続が停止される。これが司法審査に服さないことは女王対特許庁長官(R v Comptroller of Patents)裁判で確認されたが、無罪とされるわけではなく、被告人は後日、同一の嫌疑で起訴されることはあり得る[37]
その他

それ以外の国王大権として、通貨鋳造権、未成年・精神障害者の後見権、イギリスに埋蔵されている金属鉱山や文化財の所有権、遺失物の収用権、相続人の無い財産の収用権(日本では民法959条により相続人の無い財産は最終的には国庫に属するが、イギリスでは同様に国王に属する。)などがある[38]
司法

司法は国王大権である。君主は「正義の源泉」とされており、臣民に正義実現システム(裁判制度)を提供することが王の責務とされている。イギリスの裁判はすべて君主の名のもとに行われる[17]
外交

国王大権は外交関係において多く用いられる。広い裁量権が必要という外交の性質上、国王大権に法的根拠を求めると便利なためである。ただ近時には外交面でも法的根拠を制定法に移行しようという動きも見られる[16]

君主は、外国の国家承認を行い(ただし、いくつかの制定法により、国家元首および外交官の享有する免除が規定されている。)、宣戦と講和を行い、条約を締結する。

君主はまた、領土を併合する権能を有しており、これは1955年にロッコール島について行使された。ひとたび領土が併合されれば、君主は、政府が前政府の責任を引き受ける限度について完全な裁量を有しており、これはウェスト・ランド・セントラル・ゴールド・マイニング・カンパニー対王(West Rand Central Gold Mining Company v The King)裁判で確認された。

君主は、英国の領水を変更し、領土を割譲する権能を有する。君主がこれらを実際に行う自由には疑問があるが、これらにより英国臣民の国籍および権利が奪われることがあり得る。1890年にヘリゴランド島がドイツに割譲されたときは、議会の承諾が最初に求められた[39]。1972年以降は制定法による場合もある。たとえば1997年の香港返還は制定法である香港法(「女王陛下は1997年7月1日以降、香港のいかなる部分にも主権を持たず、且つ管轄を及ぼさない」)に基づく[16]

イギリス植民地・属領の統治権、それに付随する総督任免権は国王大権に属する[24]。君主は、枢密院勅令を通じて大権を行使することで植民地および属領を規制することができる。裁判所は君主によるこの権能の利用に対して長きにわたり抗ってきた。女王対外務コモンウェルス担当大臣(バンクルト代理)(第2号)(R v Secretary of State for Foreign and Commonwealth Affairs, ex parte Bancoult (No 2))裁判では、控訴院は、裁判所の判断を無効化するために枢密院勅令を用いることは権能の不法な濫用であると判示したが、これは後に覆された[40]

パスポートもまた国王大権によって規制されているが、20世紀以降は制定法による規制対象ともされている[41]。コモン・ロー上、市民は連合王国を自由に出入国する権利を有する。女王対外務大臣(エヴェレット代理)(R v Foreign Secretary ex parte Everett)裁判では、裁判所は、英国臣民に対するパスポートの発給およびその差控えは司法審査に服するものとした。離国禁止(ne exeat regno)令状は、対象者の出国を防止するために用いられる。

外国在住の臣民およびイギリスにいる外国人の保護・統制も国王大権に属する。ただし20世紀以降は外国人についての制定法も作られてきている[41]

条約締結権が大権に属するかは議論がある。ブラックストンの定義によれば、大権に属する権能は君主に特有のものでなければならない。しかしながら、条約は、これを実施する議会制定法(1972年欧州共同体法(英語版)など)がなければ連合王国の法に影響を及ぼすことはできず、君主が独力で有効化することはできないのである[42]

リスボン条約50条に基づくEU離脱の意思の表明については、英国政府は国王大権に属するため議会の承認を要しないとの立場であったが、2017年1月24日、連合王国最高裁判所は議会の承認を要するとの判決を下した。
国王大権の利用

今日、君主による国王大権の行使はほぼ全て政府の助言どおりに行われる。レイランドによれば以下のとおりである。今日の女王は…首相による週次の謁見において統治事項について全て概説を受けるという方法により、統治権の行使と極めて近接に触れ合っておられる…。[しかし、]強調されるべきことは、首相は、王意を考慮するいかなる義務の下にもないということである。」[43]

要するに、国王大権は、王の名において王国を統治するために用いられるものであり、君主は「相談を受ける権利、激励する権利、および警告する権利」を有するものの、その役割は指図を伴うものではない[44]

今日においても、大権に属するいくつかの権能は大臣らによって議会の同意なく行使される。宣戦および講和、パスポートの発給、栄典の授与などである[45]。大権に属する権能の行使は名目上は君主によるものであるが、首相および内閣の助言に基づいている[46]。英国政府の主要な機能は今なお国王大権に基づいて執行されているが、一般論として、徐々に制定法に基礎が置かれるようになるにつれ、大権の利用は減少している[47]
制約

上院によるいくつもの決定により、大権の利用は大きく制約されてきた。1915年、上院は「権利の請願について」(Re Petition of Right)において、戦時における軍事目的による商業用空港の英国陸軍による差押えについて判断を示した。政府は、侵攻に対する防衛のための手段である、と主張したが、裁判所の判断は、大権が行使されるためには政府は侵攻のおそれが存在することを立証しなければならない、というものであった。同様に、ザ・ザモラ(The Zamora)裁判において枢密院司法委員会は、一般論として、制定法により認められていない権能(大権など)を行使するには、政府は裁判所に対して当該行使が正当化されることを証明しなければならないとした[48]

さらなる制限をもたらしたのは、司法長官対ド・キーザーズ・ロイヤル・ホテル社(Attorney-General v De Keyser's Royal Hotel Ltd)裁判[49]であった。同事件において上院は、大権に属する新たな権能を創設することはできないことを確認したうえで[50]、大権に属する権能が利用されている分野における制定法の規定は「効力を有する国王大権を削減し、国王は専ら当該制定法の規定に基づき、かつ、これに従って特定のものごとをなし得ることとし、かつ、当該ものごとを行うその大権に属する権能を休止状態とする」ことを確認した[51]

この制定法優位の原則は、レイカー・エアウェイズ社対通商省(Laker Airways Ltd v Department of Trade)裁判[52]において拡張され、同事件においては大権に属する権能は制定法の規定に矛盾して利用することはできないことが確認され、当該権能および当該制定法の双方が適用される状況においては、当該権能は専ら当該制定法の目的の範囲内において利用し得ることを確認した[53]。さらなる拡張をもたらした女王対内務大臣(消防士労働組合代理)(R v Secretary of State for the Home Department, ex parte Fire Brigades Union)裁判[54]においては、控訴院は、制定法がまた施行されていなくとも、当該制定法を「議会の望みに反する」ものに変更するために大権を利用することはできないとした[55]
司法審査

裁判所は伝統的に大権に属する権能を司法審査に服せしめることを差し控えていた。裁判官らは、専ら権能が存在したか否かを言明し、これが適切に利用されたか否かについては言明を控えた[55]。すなわち、彼らは専らウェンズベリ基準(Wednesbury tests)の第1基準(当該利用が違法か否か)を適用したのである。ウィリアム・ブラックストンなどの憲法学者はこれを適切と考えた。したがって、法が彼に与えたこれらの大権の行使においては、王は、憲法の形式によれば、不可抗力であり、絶対的である。それでも、その行使の結果が明白に王国の苦難または不名誉に至る場合は、議会は、彼の助言者に対し、厳密かつ正当な説明を求めることとなる。[56]

1960年代および70年代において、この態度が変わり始めた。女王対犯罪被害補償局(レイン代理)(R v Criminal Injuries Compensation Board, ex parte Lain)裁判において裁判所は、大権に属する権能は、これが「司法的」任務の遂行のために利用された場合には司法審査に服するとした。眼前の問題は裁判所にとって容易に判断することができたのである。レイカー・エアウェイズ事件により、大権に属する権能はより強力な司法審査に服するべきとの考えがより強まった。デニング男爵は、次のように述べる。「大権は公益のために行使されるべき裁量的権能であることに鑑みると、当然、その行使は、執行府に属する他の裁量的権能と全く同様に、裁判所によって審査され得ることとなる。」この問題について最も権威のある事件は国家公務員労働組合評議会対行政機構担当大臣(Council of Civil Service Unions v Minister for the Civil Service)裁判(いわゆるGCHQ裁判)である。上院は、司法審査の適用は政府の権能の性質に従うのであってその淵源に従うのではないことを確認した。


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