国民国家
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第二次世界大戦以降、旧列強植民地が相次いで独立し、また、その後の冷戦の崩壊による急速なグローバル化のなかで、「国民国家」の批判的な問い直しが進行している[1]社会科学や文化研究の領域においては、どのような文化装置ないし政治的装置によって「国民」という均質的な「想像の共同体」が現出したのか、また、「国民」は歴史的につくられてきた存在にほかならないのに、どうして言語や民族によって一定の過去や伝統、文化を保持する機構として自明視されたのか、さらに、「国民」の形成が、レイシズム(人種主義)や性差別、クセノフォビア(外国人嫌悪あるいは外国人恐怖)、階級などといった社会的な差別構造をともなうのは何故なのかなどの問題について分析作業が進められている[1]

1983年には、アメリカ合衆国の政治学者ベネディクト・アンダーソンによって、このような国民国家論の先がけとなる『想像の共同体』が刊行された。ここでは、近代社会への移行期に興起した「世俗語革命」による近代小説の成立、そして「出版資本主義」によって書籍が流通することによって「国家語」の成立に寄与したことが指摘された。そして、言語と出版文化の共有を通じ、「公定ナショナリズム」の後押しによって「国民」という集団的なアイデンティティが形成されていく仕組みと社会編成が示された[1]。書名の「想像の共同体」とは、共同体のメンバーは「おそらく互いを知ることができない」ところに由来している。パリで生まれてプラハで育ったアーネスト・ゲルナー(1977年)

同じ1983年には、イギリスの社会学者でユダヤ系のアーネスト・ゲルナーが『民族とナショナリズム』を著し、産業社会の勃興と国民形成の関連性を指摘した。そこでは、ナショナリズムは「政治的単位と民族的・文化的単位の一致を求める一つの政治的原理」であると論じ、「産業化」および産業社会の要請に応える高度な「識字能力」の一般化、また、巨大な社会的費用をかけた教育システムの整備を実行に移せるのは畢竟、国家でしかありえないとして近代ナショナリズムの起源を説明した[1]

1983年にはまた、イギリスの歴史家エリック・ホブズボームの編著による『創られた伝統』が刊行されている。これは、「国民国家」を歴史的な観点から考察したもので、「国民」「国家」「民族」の具体的・実定的なイメージを象徴する様々な伝統もまた、実は近代国家形成期に創出されたものにほかならないことが示されている[1]

1988年には、アメリカの社会学者イマニュエル・ウォーラーステインとフランスの哲学者エティエンヌ・バリバール世界システム論などの見地から共著『人種・国民・階級』を著している。
脚注[脚注の使い方]
注釈^ ドイツをはじめとして、オーストリア、スイス、オランダ、ベルギーなど、中央ヨーロッパには現在、連邦制の国家形態を採用する国家が多いが、これは、歴史的にみれば神聖ローマ帝国の遺産といえる。坂井(2003)p.227
^ ドイツの国民経済確立においては、1834年に発足したドイツ関税同盟の果たした役割が大きい。また、マシュー・ペリー来航後の幕末期の日本で攘夷運動が起こり、それが倒幕運動へ転換していったことは、江戸時代の日本では東廻海運西廻海運など国内航路の整備によって、遠隔地商業がさかんとなり、各地域がたがいに経済的に深くむすびついて国民経済の様相を示していたからであるという指摘がある。岡崎・佐藤(2000)
^ ビスマルクは、ドイツ人である以前にプロイセン人であったため、北ドイツ連邦の盟主となったプロイセンが南ドイツを支配することによってかえって統一ドイツのなかに埋没してしまうことを何よりも怖れていた。ハフナー(2006)p.65
^ 第一次大戦でオーストリア=ハンガリー帝国が崩壊すると、旧帝国のドイツ的部分は新オーストリアとなり、「ドイツ人の国民国家」が2つ並立することになった。また、ボヘミアモラヴィアシレジアでドイツ人が多数を占める地域(ズデーテン地方)はチェコスロバキアに編入され、ドイツ系住民が新オーストリアないしドイツへの編入運動を行っていた。
^ これらはいずれも1938年に実現し、オーストリアとズデーテンはドイツ領となった。
^ ワルター・ラカーは、戦後のドイツ人はユダヤ人の大量虐殺については多少なりとも良心の呵責を感じ、償いに応じようという気があったとしても、ロシアやポーランド、チェコスロバキアに対しては罪悪感はなく、むしろ被害感情があったと証言している。これら東欧諸国は、大戦にあっては敵国だったのであり、かれら(スラブ人)は何百万人ものドイツ人を故郷から追放し、略奪し、ときには生命まで奪って十分すぎるくらい報復したではないかというのが、戦後ドイツの論理だったのである。永井(1992)p.27
^ 「7つの国境」はイタリア、オーストリア、ハンガリールーマニアブルガリアギリシアアルバニア。「6つの共和国」はスロベニア、クロアチア、セルビア、ボスニア・ヘルツェゴビナモンテネグロマケドニア。「5つの民族」はスロベニア人、クロアチア人、セルビア人、モンテネグロ人マケドニア人。「4つの言語」はスロベニア語セルビア語クロアチア語マケドニア語。「3つの宗教」は正教カトリックイスラム教。「2つの文字」はラテン文字キリル文字。「1つの国家」はユーゴスラビア連邦。

出典

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^ a b c d e f g h i j 清水(2004)
^ 田中宇「覇権の起源」
^ 宮台・宮崎(2003)
^ 宮崎(1998)
^ a b c d e 坂井(2003)
^ a b ハフナー(2006)

参考文献

永井清彦『国境をこえるドイツ』講談社講談社現代新書〉、1992年7月。.mw-parser-output cite.citation{font-style:inherit;word-wrap:break-word}.mw-parser-output .citation q{quotes:"\"""\"""'""'"}.mw-parser-output .citation.cs-ja1 q,.mw-parser-output .citation.cs-ja2 q{quotes:"「""」""『""』"}.mw-parser-output .citation:target{background-color:rgba(0,127,255,0.133)}.mw-parser-output .id-lock-free a,.mw-parser-output .citation .cs1-lock-free a{background:url("//upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/6/65/Lock-green.svg")right 0.1em center/9px no-repeat}.mw-parser-output .id-lock-limited a,.mw-parser-output .id-lock-registration a,.mw-parser-output .citation .cs1-lock-limited a,.mw-parser-output .citation .cs1-lock-registration a{background:url("//upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/d/d6/Lock-gray-alt-2.svg")right 0.1em center/9px no-repeat}.mw-parser-output .id-lock-subscription a,.mw-parser-output .citation .cs1-lock-subscription a{background:url("//upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/a/aa/Lock-red-alt-2.svg")right 0.1em center/9px no-repeat}.mw-parser-output .cs1-ws-icon a{background:url("//upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/4/4c/Wikisource-logo.svg")right 0.1em center/12px no-repeat}.mw-parser-output .cs1-code{color:inherit;background:inherit;border:none;padding:inherit}.mw-parser-output .cs1-hidden-error{display:none;color:#d33}.mw-parser-output .cs1-visible-error{color:#d33}.mw-parser-output .cs1-maint{display:none;color:#3a3;margin-left:0.3em}.mw-parser-output .cs1-format{font-size:95%}.mw-parser-output .cs1-kern-left{padding-left:0.2em}.mw-parser-output .cs1-kern-right{padding-right:0.2em}.mw-parser-output .citation .mw-selflink{font-weight:inherit}ISBN 4-06-149107-5


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