四元数
[Wikipedia|▼Menu]
四元数やほかの超複素数系を専ら研究するプロの研究機関である四元数学会(英語版)さえ存在した。

1880年代の半ばごろから、ギブスヘヴィサイドヘルムホルツらの創始したベクトル解析によって四元数は取って代わられるようになる。ベクトル解析は四元数と同じ現象を記述するために、四元数に関する文献から自由に用語法や考え方を拝借していたが、ベクトル解析の方が概念的に簡単で、記法もすっきりしていたので、遂には数学物理学における四元数の役割は小さく追いやられることとなった。このような変遷の副作用で、現代的な読者にはハミルトンの仕事は難しく複雑なものと化してしまった。ハミルトンのオリジナルの定義は馴染みがなく、その書き振りは冗長で不明瞭である。

四元数は20世紀の後半になって、三次元の自由な回転を記述する能力を買われて、多用されることとなった。四元数による3次元の回転(姿勢)の表現は、3次正方行列による表現と比べて記憶容量が小さくて演算のスピードも速い。加えて、オイラー角と違ってジンバルロックが起きない。この特徴は、地上における上下方向のような絶対的な軸の無い、宇宙機のような三次元の自由度が完全にある場合の姿勢制御などでの利用に適しており[11]、宇宙機以外にもCG[12]コンピュータビジョンロボット工学制御理論信号処理物理学生物情報学分子動力学法、計算機シミュレーションおよび軌道力学など、他にも多くの応用がある。

また、四元数は二次形式との関係性により、数論からの後押しも受けている。

1989年以降、アイルランド国立大学メイヌース校の数学教室は、科学者(2002年には物理学者のマレー・ゲルマン、2005年にスティーヴン・ワインバーグなど)や数学者(2003年のアンドリュー・ワイルズなど)からなる、ダンシンク天文台からロイヤル運河の橋までを歩く巡礼の旅を開催している。ハミルトンが橋に刻みつけた公式はもはや見ることはできないが。
物理学への歴史的影響

P.R.ジラールのエッセイ The quaternion group and modern physics[13](「四元数群と現代物理学」)は、四元数の物理学における役割について論じている。それは現代代数学において "数々の物理的な共変性の群:SO⁡(3)、ローレンツ群、一般相対性群、クリフォード代数 SU⁡(2) および共形群などが容易く四元数群に関連付けられることを示している"。ジラールは群の表現論を議論し、結晶学に関するいくつかの空間群を表現することから始めて、続いて剛体運動の運動学、その後トーマス歳差(英語版)を含む特殊相対論のローレンツ群の表現に「複四元数」(complex quaternion)(双四元数(英語版))を用いている。ジラールはマクスウェルの方程式を四元数変数のポテンシャル函数を用いて一本の微分方程式に表したルドヴィク・シルバースタイン(英語版)をはじめとする5人の著者を引いている。一般相対性を考慮してルンゲ=レンツベクトルを表し、またクリフォード代数の例としてクリフォード複四元数(分解型双四元数(英語版))に言及した。最後にジラールは、複四元数の逆数を使って時空共形写像について述べている。50にも及ぶ参考文献には、アレクサンダー・マクファーレン(英語版)および四元数学会におけるジラール自身の広報も含まれている。また、1999年にジラールはアインシュタインの一般相対性の方程式が如何にして四元数に直結するクリフォード代数を用いて定式化されるかを示している[14]

四元数についてのより個人的な見解をジョアキム・ランベック(英語版)が1995年に書いている。エッセイ If Hamilton had prevailed: quaternions in physics(「もしハミルトンが勝利していたら:物理学における四元数」)には My own interest as a graduate student was raised by the inspiring book by Silberstein(院生としての私の興味はシルバースタインの本に刺激を受けて生じた)とある。ランベックは He concluded by stating I firmly believe that quaternions can supply a shortcut for pure mathematicians who wish to familiarize themselves with certain aspects of theoretical physics.[15](「私は四元数が、理論物理学のある種の側面に習熟しようと望む純粋数学者へ、近道を与えるものと堅く信じる」)と述べることによって結論を下している。

2007年、アレキサンダー・エフレモフとその共同研究者は、四元数空間幾何がヤン・ミルズ場と近しい関係にあることを示し、ダフィン・ケマー・ペティアウ方程式(英語版)とクライン-ゴルドン方程式への関連性を指摘した[16]
定義

集合としては、四元数全体 H は実数体上の4次元数ベクトル空間 ?4 に等しい。H には3 種類の演算(加法、スカラー乗法、四元数の乗法)が入る。H の二元の和は、R4 の元としての和で定義され、同様に H の元の実数倍も R4 におけるスカラー倍として定義される。H の二元の積を定めるには、まず R4 の基底を決めなければならないが、その元を通例 1, i, j, k と記す。H の各元はこれら基底元の線型結合で表される。つまりa1 + bi + cj + dk(a, b, c, d は実数

の形に一意に表される。基底元 1 は H の乗法単位元であるため、通常省略してa + bi + cj + dk

と表すのが普通である。この基底が与えられたところで、四元数の結合的乗法は、初めに基底元同士の積を定義して、一般の積はそれを分配律を用いて拡張することで定義される。
基底間の乗法

単位の乗積表×1ijk
11ijk
ii−1k−j
jj−k−1i
kkj−i−1

H の基底元 i, j, k に対して等式 i 2 = j 2 = k 2 = i j k = − 1 {\displaystyle i^{2}=j^{2}=k^{2}=ijk=-1}

は i, j, k の間の可能なすべての積を決定する。例えば − 1 = i j k {\displaystyle -1=ijk} の両辺に k を右から掛ければ − k = i j k k = i j ( k 2 ) = i j ( − 1 ) , k = i j . {\displaystyle {\begin{aligned}-k&=ijkk=ij(k^{2})=ij(-1),\\k&=ij.\end{aligned}}}

を得る。他の積も同じようにして得られて、結局 i j = k , j i = − k , j k = i , k j = − i , k i = j , i k = − j , {\displaystyle {\begin{alignedat}{2}ij&=k,&\qquad ji&=-k,\\jk&=i,&kj&=-i,\\ki&=j,&ik&=-j,\end{alignedat}}}

が可能なすべての積を列挙したものとなる。これは左側の因子を列に、右側の因子を行にそれぞれ充てて、表の形にまとめることができる(乗積表)。
ハミルトン積

二つの四元数 a1 + b1i + c1j + d1k と a2 + b2i + c2j + d2k に対し、それらのハミルトン積 (a1 + b1i + c1j + d1k)(a2 + b2i + c2j + d2k) は、基底間の積と分配律によって与えられる。具体的には、この積は分配律により基底元の積和の形に展開することができて、 a 1 a 2 + a 1 b 2 i + a 1 c 2 j + a 1 d 2 k + b 1 a 2 i + b 1 b 2 i 2 + b 1 c 2 i j + b 1 d 2 i k + c 1 a 2 j + c 1 b 2 j i + c 1 c 2 j 2 + c 1 d 2 j k + d 1 a 2 k + d 1 b 2 k i + d 1 c 2 k j + d 1 d 2 k 2 {\displaystyle {\begin{aligned}&a_{1}a_{2}+a_{1}b_{2}\,i+a_{1}c_{2}\,j+a_{1}d_{2}\,k\\&\quad +b_{1}a_{2}\,i+b_{1}b_{2}\,i^{2}+b_{1}c_{2}\,ij+b_{1}d_{2}\,ik\\&\quad +c_{1}a_{2}\,j+c_{1}b_{2}\,ji+c_{1}c_{2}\,j^{2}+c_{1}d_{2}\,jk\\&\quad +d_{1}a_{2}\,k+d_{1}b_{2}\,ki+d_{1}c_{2}\,kj+d_{1}d_{2}\,k^{2}\end{aligned}}}


次ページ
記事の検索
おまかせリスト
▼オプションを表示
ブックマーク登録
mixiチェック!
Twitterに投稿
オプション/リンク一覧
話題のニュース
列車運行情報
暇つぶしWikipedia

Size:139 KB
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:undef