交通事故による損害賠償請求権が発生した後、賠償額やその支払方法について和解(示談)が成立することがある。ところが、示談の際には予測していなかった後遺症が発生した場合、後遺症により拡大した損害については、和解により損害賠償請求権が消滅したものとして扱われるのかが問題となる。
この点について、判例は、全損害を正確に把握し難い状況の下において早急に小額の賠償金をもって示談がされた場合、その示談によって被害者が放棄した損害賠償請求権は、示談当時に予想していた損害についてのもののみと解すべきであり、予想できなかった不測の再手術や後遺症が示談の後に発生した場合は、示談によりその損害についてまで損害賠償請求権を放棄した趣旨と解するのは、当事者の合理的意思に合致するものではないと判断している(最高裁昭和43年3月15日判決
・民集22巻3号587頁)。不法で無効な法律関係を前提として締結される和解契約は公序良俗に反し無効である(通説・判例。判例として最判昭40・4・9民集25巻3号264頁)[22][4][23]頁。
裁判上の和解詳細は「裁判上の和解」を参照
裁判上の和解とは、裁判所が関与する和解のことをいい、訴え提起前の和解(起訴前の和解)と訴訟上の和解(訴訟中の和解)に分かれる[24][25]。
裁判上の和解が成立した場合は、和解の内容が和解調書(わかいちょうしょ)に記載され、その記載内容は確定判決と同一の効力を有する(民事訴訟法267条
)。したがって、和解調書は、確定判決と同様、債務名義(強制執行により実現される給付請求権の存在を公証する文書)となり(民事執行法22条7号)、これに基づいて強制執行をすることができる。すなわち、債務者が債権者に対して一定の給付をする旨の内容の和解がされているにもかかわらず、債務者が任意にその和解に基づく給付をしない場合(例えば、債務者が賠償金を支払う旨の和解が成立したにもかかわらず、債務者がその支払をしない場合)は、債権者は、別途判決を得ることなく、民事執行法が定める手続に基づき、債務者の不動産や債権(給料、預貯金等)に対して強制執行をすることができる。この点は私法上の和解(裁判外の和解)と異なる点である。 訴え提起前の和解は、起訴前の和解ともいい、民事訴訟の対象となる法律関係に関する争いについて、当事者双方が簡易裁判所に出頭してする和解のことをいう(民事訴訟法275条
訴え提起前の和解
簡易裁判所によっては合意済みの事件に対する申立てに対して「民事上の争い」の実態がないとして受付を拒むケースがある。 訴訟上の和解とは、訴訟継続中に、当事者が訴訟上の請求に関して双方の主張を譲歩して、口頭弁論期日等において、権利関係に関する合意と訴訟終了についての合意をすることをいう。訴訟中の和解ともいう[25]。 訴訟で権利関係や訴訟終了についての合意が成立した場合でも、相互の譲歩(互譲)がなければ、訴訟上の和解ではない。被告が原告の請求を認めて争わない旨陳述した場合は請求の認諾(にんだく)といい、逆に原告が請求に理由がないことを認めて争わない旨陳述した場合は請求の放棄(ほうき)という。請求の放棄・認諾は、当事者の一方のみの行為によって訴訟が終了する点で訴訟上の和解とは異なる。 もっとも、互譲があるか否かについては、訴訟上の請求についての互譲だけではなく、合意の内容を総合的に判断する。例えば、訴訟上の請求について被告が全面的に原告の言い分を認めた場合でも、訴訟の対象にはなっていなかった別の法律関係について原告が譲歩する旨の合意がされている場合は、訴訟上の和解として扱われる。 訴訟上の和解は、民事訴訟における紛争の解決手段として非常に重要な役割を担っている。日本全国の地方裁判所における、平成18年の第1審民事通常訴訟事件の既済件数は14万2976件であったが、そのうち判決が6万0543件であったのに対し、和解は4万6426件(和解勧告=4万3312件、その他=3114件)、その他(訴えの取下げ等)が3万6007件であった。同じく簡易裁判所では、既済件数38万2753件のうち、判決15万3118件、和解8万0093件、その他14万9542件であった。 裁判所は、訴訟のどの段階でも、和解を試みることができる(民事訴訟法89条 民事手続上の和解に対して刑事手続上の和解も存在する[26]。 旧人事訴訟手続法には和解とは異なる和諧の制度が存在した[27]。旧人事訴訟手続法第13条は「和諧ノ調フヘキ見込アルトキハ裁判所ハ職権ヲ以テ一回ニ限リ一年ヲ超エサル期間離婚ノ訴ニ関スル手続ヲ中止スルコトヲ得」と定め、一定期間訴訟手続を中止することを言った。改正された人事訴訟法では和諧の制度は廃止された[27]。
訴訟上の和解
刑事手続上の和解
犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律第19条
刑事被告事件の被告人と被害者等は、両者の間における民事上の争い(当該被告事件に係る被害についての争いを含む場合に限る。)について合意が成立した場合には、当該被告事件の係属する第一審裁判所又は控訴裁判所に対し、共同して当該合意の公判調書への記載を求める申立てをすることができる(第1項)。
前項の合意が被告人の被害者等に対する金銭の支払を内容とする場合において、被告人以外の者が被害者等に対し当該債務について保証する旨又は連帯して責任を負う旨を約したときは、その者も、同項の申立てとともに、被告人及び被害者等と共同してその旨の公判調書への記載を求める申立てをすることができる(第2項)。
前二項の規定による申立ては、弁論の終結までに、公判期日に出頭し、当該申立てに係る合意及びその合意がされた民事上の争いの目的である権利を特定するに足りる事実を記載した書面を提出してしなければならない(第3項)。
第一項又は第二項の規定による申立てに係る合意を公判調書に記載したときは、その記載は、裁判上の和解と同一の効力を有する(第4項)。
旧人事訴訟手続法の和諧
脚注[脚注の使い方]
出典^ a b 内田貴 2011, pp. 317.
^ 大島俊之,下村正明,久保宏之,青野博之 2003, pp. 131.
^ a b c 遠藤浩,原島重義,水本浩,川井健,広中俊雄,山本進一 1997, pp. 282.
^ a b c 近江幸治 2006, pp. 288.
^ 川井健 2010, pp. 349.
^ a b 内田貴 2011, pp. 316.
^ 遠藤浩,原島重義,水本浩,川井健,広中俊雄,山本進一 2011, pp. 282.
^ 川井健 2010, pp. 350.
^ 遠藤浩,原島重義,水本浩,川井健,広中俊雄,山本進一 1997, pp. 289.
^ a b c 我妻栄・有泉亨・川井健著 『民法2 債権法 第2版』 勁草書房、2005年4月、392頁
^ 遠藤浩,原島重義,水本浩,川井健,広中俊雄,山本進一 1997, pp. 284?285.