軍をひきいるには、武だけでなく文武を総合し、戦争をするには、剛だけでなく剛と柔とを兼ね備えなければならない。ふつう、世人が将を論ずる場合は、とかく、勇気という観点だけに立ちがちである。しかし、勇気ということは、将の条件の中の何分の一かにすぎない。勇者は、力を頼んで考えもなしに戦いをはじめる。利害を考えずに戦うのは、誉められた語ではない。
そこで、将の心すべきことが五つある。
理(管理) - どんなに部下が多勢いても、それを一つに纏める事である。
備(準備) - 一度門を出た以上、至る所に敵がいる積りで掛かる事である。
果(決意) - 敵と相対したとき、生きようという気持を捨てる事である。
戒(警戒、自戒) - たとえ勝っても緒戦のような緊張を失わない事である。
約(簡素化) - 形式的な規則や手続きを省略し、簡素化する事である。
ひとたび出陣の命令を受けたならば、家族にも知らせずそのまま出撃し、敵に勝つまでは家のことを口にしないのが、将たる者の礼である。いざ出陣というときには、名誉の死はあり得ても、生き恥は晒さないものと心得るべきである。[5] 武侯が尋ねた。「味方が少なく、敵が多い時、どうすればよいか?」 呉起は答えた。「平坦な場所で戦うことは避け、隘路で迎え撃ちます。古い諺に『一の力で十の敵を撃つ最善の策は狭い道で戦うことであり、十の力で百の敵を撃つ最善の策は険しい山地で戦うことであり、千の力で万の敵を撃つに最善の策は狭い谷間で戦うことである』とあります。かりに小人数でも、狭い地形をえらび鐸(たく)をうち鼓を鳴らして、不意打ちをかければ、いかに相手が多人数でも驚き慌てます。ですから、『多数を率いるものは、平坦な戦場を選ぼうとし、少数を率いるものは、狭隘な戦場を選ぼうとする』といわれています。」[6] 武侯が尋ねた。「賞罰を公正にすれば、勝利を得る事が出来るだろうか?」 呉起が答えた。「私ごときに判断できる問題ではありませんが、賞罰はそれ自体、勝利の保証とはならないかと存じます。 この三つの条件が満たされてこそ、勝利は保証されるのです」 「どうすればよいか?」 「功績のある者を、抜擢して手厚く遇することはもちろん、功績のない者に対しても激励のことばをかけてやるのです」[6]
少数で多数を撃つには
決死の勢い
君主が号令を発すれば、喜んで服従する。
動員命令を出せば、喜んで戦場に赴く。
敵と刃を交えれば、喜んで一命を投げ出す。
脚注^ 『韓非子』に「家ごとに孫子と呉子を所持していた」という記述がある。
^ 図国篇
^ 料敵篇
^ 治兵篇
^ 論将篇
^ a b 応変篇
主な訳・解説
尾崎秀樹 『呉子』 中公文庫BIBLIO、2005年。ISBN 4122045878
『孫子・呉子』 中公文庫、改版2018年。前者は町田三郎訳
尾崎秀樹 『呉子?勝利を導く兵法書』 ニュートンプレス、2002年。ISBN 4315516643
守屋洋・守屋淳 『孫子・呉子』 プレジデント社、新版2014年。ISBN 4833420961
村山孚訳著 『孫子・呉子 中国の思想』 徳間書店、新版1996年→ 徳間文庫、2008年。ISBN 4198928010
天野鎮雄訳著 『孫子・呉子』 三浦吉明編、明治書院〈新書漢文大系3〉、新版2002年。ISBN 4625663121
元版は『新釈漢文大系36 孫子・呉子』明治書院、1972年
金谷治訳 『老子・呉子ほか』 平凡社〈中国古典文学大系 4〉、1973年、復刊1994年ほか、現代語訳のみ
山井湧訳著 『全釈漢文大系22 孫子・呉子』集英社、1980年
表
話
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