吸血鬼ノスフェラトゥ
[Wikipedia|▼Menu]
最後にカルパティア山脈にあるオルロック伯爵の廃城が映し出され映画は終わる。
登場人物
トーマス・フッター
演 - グスタフ・フォン・ヴァンゲンハイム
(英語版)ヴィスボルクに住む青年。ノックの経営する不動産屋で働いている。原作におけるジョナサン・ハーカー。
エレン・フッター
演 - グレタ・シュレーダーフッターの妻。夫がトランシルヴァニアに行くことに強い不安を感じる。原作におけるミナ・ハーカー。
オルロック伯爵(英語版)
演 - マックス・シュレック(英語版)トランシルヴァニアの貴族。ドイツのヴィスボルク(架空の町)に家を探している。原作におけるドラキュラ伯爵。
ノック
演 - アレクサンダー・グラナック不動産業を営む、何かと噂の多い男。フッターを伯爵の城に向かわせる。原作におけるレンフィールド。
ハーディング
演 - ゲオルク・H・シュネル(英語版)フッターの友人。彼が留守の間、エレンの世話を頼まれる。原作におけるアーサー・ホルムウッド。
アンネ
演 - ルース・ランドスホーフ(英語版)ハーディングの妻。原作におけるルーシー・ウェステンラ。
ブルワー教授
演 - ヨハン・ゴットウト(英語版)大学教授。原作におけるヴァン・ヘルシング
ジーファース博士
演 - グスタフ・ボーツ(英語版)精神病院の院長。原作におけるジャック・セワード。
テーマオルロック伯爵の城として撮影されたオラヴァ城

『ノスフェラトゥ』は他者への恐怖をテーマにしていることや、反ユダヤ主義的なニュアンスがあることが指摘されている作品だが、これらはいずれも原作であるブラム・ストーカーの『吸血鬼ドラキュラ』に由来している部分もある[3]。オルロック伯爵の鉤鼻、長い爪、禿頭といった外見は『ノスフェラトゥ』製作当時のユダヤ人のステレオタイプな風刺画と比較される[4]。また、ユダヤ人がしばしば同一されていたネズミの要素もオルロックにはある[5][6]。オルロックがドイツの町ヴィスボルグを狙うのは原作のロンドンから変更された箇所だが、これは当時のドイツ国民の不安や恐怖を起こさせたいからだと分析されている[7]。作家のトニー・マジストラーレは、この映画が「祖国ドイツが外部の力によって侵略される」という描写をしていることが、1922年に北欧で燻っていた反ユダヤ主義の雰囲気と不穏な類似性を示していると指摘している[7]

異邦人であるオルロックが船でヴィスボルクに到着する場面は原作から大きく翻案され、ネズミの大群を引き連れ、ペストを撒き散らす形になっている[6][8]。この変更点の要素は、オルロックとネズミ、そして「病気を引き起こす病原体としてのユダヤ人」という考えに関連付けられているとみなすこともできる[4][6]。しかし、作家のケヴィン・ジャクソンは、監督のF・W・ムルナウは、その生涯を通じて「多くのユダヤ人男性、女性と親しく保護していた」と述べており、その中には本作でノックを演じたユダヤ人俳優のアレクサンダー・グラナハも含まれる[9]。さらに、マギストラーレは「(同性愛者であったムルナウは)大きなドイツ社会の中のサブグループへの迫害に対して、おそらくより敏感であっただろう」と書いてある[6]。このため、オルロックとステレオタイプな反ユダヤ主義との関連付けは、少なくともムルナウが明確に意図して行った演出とは考えにくいと指摘されている[6][9]
製作プラナフィルムのロゴ

本作を製作したプラナフィルム(Prana Film)は、1921年にエンリコ・ディークマンとオカルティストのアルビン・グラウによって設立された無声映画時代のドイツの映画スタジオで、プラナという名前はヒンドゥー教の概念の名にちなんで名づけられた。オカルトや超常現象をテーマにした映画の製作を目的としていたが、本作の公開直後に倒産したため、本作が唯一の製作作品であった[10]

グラウは吸血鬼映画を撮るきっかけとなったのは戦争体験だったと語っている。彼が言うところによれば、1916年の冬、セルビア人の農夫が自分の父親は吸血鬼で、不死者(undead)の一人だと教えてくれたという[11]。映画史家のデビッド・カラットはEureka Blu-Rayの『Nosferatu』の解説において「(グラウが語ったエピソードは)多くがまったくデタラメだ。映画のチケットを売るために語られたに過ぎない。グラウも言うように本作は製作よりも宣伝費の方が多かった」と述べている。

ディークマンとグラウは、映画化権を取得していないにも関わらず、ハンス・ハインツ・エワーズの弟子であるヘンリック・ガリーンに『吸血鬼ドラキュラ』に触発された脚本を書くことを依頼した。ガリーンは当時既に『プラハの学生』(Der Student von Prag、1913年)や『ゴーレム、いかにして世界に現れたか』(Der Golem, wie er in die Welt kam、1920年)の脚本を手がけているなど、ダークロマン主義の経験豊富なスペシャリストであった。

ガリーンは物語の舞台を北ドイツの港町ヴィスボルグに変更した物語を書いた。登場人物の名前を変え、吸血鬼が船上のネズミを介してヴィスボルグにペストをもたらすというアイデアのほか、吸血鬼ハンターであるヴァン・ヘルシングにあたる人物を省いたのであった。ガリーンの表現主義的[12]な脚本は、カール・マイヤーのような文学的表現主義の影響を受けた他の作品のようにバラバラになることなく、詩的なリズムを持っていた。ロッテ・アイスナーは、ガリーンの脚本を voll Poesie, voll Rhythmus(「詩に満ち、リズムに満ちている」)と表現した[13]

撮影は1921年7月に始まり、ヴィスマールでの外観撮影が行われた。ヴィスマール市場を見下ろすマリエン教会の塔とヴィスマールのワッセルクンストからのテイクは、ヴィスボルグのシーンのエスタブリッシング・ショットとして使われた。他にもヴァッサーター、ハイリゲン-ガイスト-教会の操車場、港などが撮影された。リューベックでは、廃墟となったザルツシュパイヒャーがオルロックのヴィスマールでの新しい家となり、エーギディエン教会の教会堂の1つがハッターの家となり、デペナウ川では、ペストの犠牲者と思われる棺を運ぶ行列の撮影が行われた。リューベックでは、フッティングの庭でオルロック伯爵に会うようハッターに命じたノックを捜すシーンが多く登場する。続いてラウエンブルク、ロストック、シルト島でも外観撮影が行われた。トランシルヴァニアを舞台にした映画の外観は、実際にはハイ・タトラス、ヴラートナ渓谷、オラヴァ城、ヴァー川、スタリー・フラッド城など、スロヴァキア北部でロケが行われた[14]

コストの関係でカメラマンのフリッツ・アルノ・ワグナーはカメラを1台しか用意していなかったため、オリジナルのネガは1枚しかなかった[15]。ムルナウはガリーンの脚本に忠実に、カメラの位置や照明などを手書きで指示した[13]。しかし、監督の作業用台本からはガリーンの文章が抜け落ちていたため、ムルナウは12ページ分を完全に書き直した。この部分こそエンディングにおいてエレンの犠牲によって吸血鬼が太陽の光によって滅ぶというものであった[16][17]。また、ムルナウは、撮影された各シーンに正確に対応するスケッチを用意し、メトロノームを使って演技のペースをコントロールするなど、入念な準備をしていた[18]
『ドラキュラ』との乖離

『ノスフェラトゥ』のストーリーは『吸血鬼ドラキュラ』と似ており、ジョナサン・ハーカーとミナ・ハーカー、そしてドラキュラ伯爵といった中心となるキャラクターも同じである。しかし、登場人物たちの名前はドイツ風の名前に変更され、アーサーやクインシーなどの副次的な登場人物の多くは省略されている。ヴァン・ヘルシングに相当するブルワー教授はいるが、彼は吸血鬼ハンターではない。また、舞台も1890年代のイギリスから1838年のドイツになっている[19]

ドラキュラ伯爵とは対照的に、オルロックは他の吸血鬼を生み出すことなく、その犠牲者を殺してしまうため、町の住民たちも街の問題を吸血鬼ではなく疫病にあるとみなす。また、ドラキュラ伯爵は日光の下では超常的な能力が行使できないに留まるが、オルロックの場合は致命的な弱点であり、昼間は寝ていなければならない。結末もドラキュラとは大幅に異なり、最終的には日の出と共にミナに相当するエレナの自己犠牲によって日を浴びた伯爵が滅ぶ。

映画の中でヴィスボルグと呼ばれている町は、実際にはヴィスマールとリューベックが混ざったものである。他のバージョンの映画では、理由は不明だが町の名前がブレーメンにされているものもある[20]
評価

本作によって、またその数日後に公開された同じ監督映画『Der brennende Acker(燃える土)』と合わせてムルナウは世間の注目を浴びることになった。マスコミは『ノスフェラトゥ』とその封切りについて大々的に報じた。賞賛の声とともに、技術的な完成度や映像の鮮明さがホラーというテーマにそぐわないという批判の声もしばしばあった。1922年3月6日付のFilmkurier紙は、吸血鬼が肉体を持っているように見え、照明が明るすぎて純粋に怖くないと評した。ハンス・ヴォーレンベルクは1922年3月11日のフォトステージ第11号でこの映画を「センセーション」と評し、ムルナウの自然を写した風景シーンを「ムードを生み出す要素」と賞賛している[21]。1922年3月7日付のVossische Zeitung紙上ではその視覚的なスタイルが絶賛されていた[22]


次ページ
記事の検索
おまかせリスト
▼オプションを表示
ブックマーク登録
mixiチェック!
Twitterに投稿
オプション/リンク一覧
話題のニュース
列車運行情報
暇つぶしWikipedia

Size:47 KB
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:undef