名城大学
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1959年(昭和34年) - 学園紛争について国会に「学校法人名城大学の機能停止に関し国会の国政調査権発動要請についての陳情書」が提出され、名城大学の学園紛争解決は国会および文部省の手に委ねられる。

1959年(昭和34年) - 名城大学付属東京テレビ高等技術学校(現在の東京工学院専門学校)を開校。

1962年(昭和37年) - 「学校法人紛争の調停等に関する法律」[1]が施行される。名城大学の学園紛争を解決することを目的とした2年間の時限立法であった。

1963年(昭和38年) - 法に基づく調停が成立して、学園紛争が終結。この際、最後まで調停に同意しなかった一部の理事が学校法人紛争の調停等に関する法律第10条第4項の規定により文部大臣により解職された[2]

1964年(昭和39年) - 大学再建のための新体制が発足する。理事会が天白台校地として愛知県名古屋市昭和区天白町大字八事(現在の愛知県名古屋市天白区塩釜口一丁目。後の天白キャンパス)の土地購入と名城大学付属東京テレビ高等技術学校の経営分離を決定。

1965年(昭和40年)

4月 - 理工学部第一部に交通機械学科、薬学部に製薬学科を設置。

7月 - 学校法人田中育英会を設立し、東京テレビ高等技術学校を学校法人名城大学より移管。

10月 - 天白台校地に天白第一グラウンドが竣工。

12月 - 本部棟、1号館が完成。本部、法商学部第一部、大学院商学研究科、短期大学部商経科第一部を駒方校地から天白校地へ移転。


1966年(昭和41年)

3月 - 名城大学附属中学校を廃止。愛知県名古屋市天白区大字島田の地に建設した島田暁寮が竣工。

4月 - 大学院に薬学研究科薬学専攻修士課程を開設。


1967年(昭和42年) - 大学に法学部一部法学科、法学部二部法学科、商学部一部商学科、商学部二部商学科を設置(法商学部第一部、法商学部第二部を学生募集停止)。大学院に法学研究科法律学専攻修士課程を開設。理工学部一部を中村校地から天白台校地に移転。

1968年(昭和43年)

9月 - 天白台校地に名城大学校友会館が完成。翌月、建物内に名城大学内郵便局が開設。

12月 - 天白5号館が竣工し、農学部を鷹来校地から天白台校地に移転(これに伴い、鷹来校舎は農学部附属農場と改称)。


1969年(昭和44年)

3月 - 短期大学部の電気科第一部、機械科第一部を廃止。

4月 - 大学院に法学研究科法律学専攻博士後期課程を設置。


1970年(昭和45年)4月 - 天白台校地に天白第二グラウンドが竣工。

1971年(昭和46年)4月 - 大学院に薬学研究科薬学専攻博士後期課程を設置。

1972年(昭和47年)4月 - 農学部に農芸化学科を設置。

1973年(昭和48年)4月 - 理工学部一部に土木工学科、建設学科を、理工学部二部に交通機械学科、土木工学科、建設学科を設置(建築工学科を廃止)。大学院に農学研究科農学専攻修士課程を設置。

1975年(昭和50年)4月 - 薬学部に薬学専攻科を設置。

1976年(昭和51年)

3月 - 短期大学部の商経科二部を学生募集停止。

4月 - 商学部一部に経済学科を設置。大学院農学研究科農学専攻博士後期課程を設置。


1977年(昭和52年)

4月 - 大学院工学研究科電気工学専攻修士課程、土木工学専攻修士課程、建築学専攻修士課程を設置。商学部二部を中村校舎から天白校舎に移転。

5月 - 愛知県北設楽郡豊根村に名城大学豊根施設を開設。


1978年(昭和53年)9月 - 名城大学30周年記念式典を挙行。

1983年(昭和58年) - 愛知県名古屋市天白区大字島田の地に建設していた島田寮が竣工。

1986年(昭和61年)

4月 - 大学理工学部の電気工学科を電気電子工学科に名称変更。大学院工学研究科の電気工学専攻を大学院工学研究科電気電子工学専攻に名称変更

9月 - 名城大学開学60周年。愛知県愛知郡日進町大字藤島(現在の愛知県日進市藤島)に開設した日進校地(現在の日進キャンパス)に日進総合グラウンドが竣工。


1988年(昭和63年)4月 - 天白キャンパスに国際交流センターを開設。

1990年平成2年)4月 - 大学院工学研究科に機械工学専攻修士課程を設置。

1992年(平成4年)4月 - 大学院工学研究科に機械工学専攻博士後期課程、建設工学専攻博士課程を設置。

1993年(平成5年)

4月 - 大学院工学研究科に電気電子工学専攻博士後期課程、数学専攻修士課程を設置。大学院工学研究科を大学院理工学研究科に名称変更。電子計算機室を情報センターに名称変更。


1994年(平成6年)4月 - 天白キャンパスに総合研究所を開設。

1995年(平成7年)

3月 - 岐阜県可児市虹ヶ丘に可児校舎(後の可児キャンパス)が竣工。

4月 - 都市情報学部都市情報学科を設置。大学院商学研究科に商学専攻博士後期課程を、大学院理工学研究科に数学専攻博士後期課程を設置。


1996年(平成8年)4月 - 薬学部に医療薬学科、薬学科を設置。大学院薬学研究科に医療薬学専攻修士課程を設置。大学院薬学研究科薬学専攻博士前期課程を設置。

1998年(平成10年)12月 - 商学部一部を商学部に、理工学部一部を理工学部に名称変更。

1999年(平成11年)

1月 - 天白キャンパスに先端技術研究センターを開所。

4月 - 法学部、商学部、理工学部が昼夜開講制に移行。農学部に生物資源学科、応用生物化学科を設置。大学院都市情報学研究科都市情報学専攻修士課程を設置。エクステンションセンターを開設。


2000年(平成12年)4月 - 経営学部に経営学科、国際経営学科を設置。経済学部に経済学科、産業社会学科を設置。商学部の学生募集を停止。理工学部を改組し、数学科、情報科学科、電気電子工学科、材料機能工学科、機械システム工学科、交通科学科、建設システム工学科、環境創造学科、建築学科を設置。短期大学部に情報国際科を設置。大学院経済学研究科経済学専攻修士課程を設置。

2001年(平成13年)

3月 - 名城大学豊根施設を閉所。

4月 - 大学院経営学研究科経営学専攻修士課程、大学院都市情報学研究科都市情報学専攻博士後期課程を設置。

9月 - 名城大学開学75周年。


2002年(平成14年)

4月 - 大学院総合学術研究科総合学術専攻博士課程、大学院経済学研究科経済学専攻博士後期課程を開設。大学院理工学研究科を数学専攻博士前期課程、情報科学専攻修士課程、電気電子工学専攻博士前期課程、材料機能工学専攻修士課程、機械システム工学専攻修士課程、交通科学専攻修士課程、建設システム工学専攻修士課程、環境創造学専攻修士課程、建築学専攻修士課程に改組。

11月 - 天白キャンパスにタワー75、共通講義棟(現在の共通講義棟南と呼ばれている建物に相当)が完成。


2003年(平成15年)4月 - 人間学部人間学科を設置。大学院経営学研究科経営学専攻博士後期課程を設置。大学院薬学研究科臨床薬学専攻修士課程、生命薬学専攻修士課程を設置。
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