高さは180.0メートル、総重量3,300トン。地上90メートルにスカイデッキ(旧称:展望台)、同100メートルに金網で囲まれたスカイバルコニー(雨ざらし。旧称:展望バルコン)がある。どちらからも名古屋市街はもちろん、御嶽山や乗鞍岳、中央アルプス、白山、伊吹山や鈴鹿山脈、さらに条件が良ければ南アルプスの上河内岳などの眺望が楽しめる(展望階は有料)[11]。3階にはレストランの他、娯楽コーナーや土産を販売するショップもある。
夜間にはライトアップが毎日日没30分前から深夜2時まで行われており、中でも特にセントラルパークからのレーザー光が目立つ。60周年のリニューアルに伴い2014年(平成26年)に設置されたLED照明によるライティング「煌」は、毎時0分に上から下へ、毎時30分に下から上へ、それぞれ光が流れるような仕組みになっている。
なお、地上デジタルテレビ放送はNHK・民放5局共に瀬戸市幡中町に新たに建設した瀬戸デジタルタワーを電波塔として利用している。その理由は既存の名古屋テレビ塔及び東山タワーが築50年及び30年以上経過しており、これらにデジタルテレビ用の送信アンテナを設置するには強度不足と判断されたためで、名古屋テレビ塔は2011年(平成23年)7月24日をもって電波塔としての役目を一旦終えた(東京タワーと違い、ラジオ局や業務無線のアンテナは設置されていない)が、2012年(平成24年)4月1日からスマートフォン向けマルチメディア放送の電波が送信され、再び電波塔としての役目を果たすことになったが、2016年6月30日に放送は終了している[12][13]。
また、航空法51条及び51条の2により地上60メートル以上の塔や煙突は赤白塗装(昼間障害標識)が義務付けられているが、名古屋テレビ塔は同51条の制定(1960年(昭和35年)の航空法改正時に追加された)前に完成されたという理由、名古屋テレビ塔株式会社初代社長の神野金之助の抵抗、最上部に航空障害灯を設置したことで切り抜けている。そのため、完成当初から銀色塗装となっている。テレビ塔は約7年おきに塗装の塗り替えを行っている。塗り替え費用は1回につき2億円で、下塗り2回・上塗り2回の計4回行う[6]。上塗りの際には5トンの塗料が使われている[6]。
2006年(平成18年)に行われた大改装により、これまで3階に設置されていたレストラン、娯楽コーナーや土産を販売するショップはなくなり、現在はレストランが入っている。4階にはギャラリーが設置され、30メートルの高さからの景色は見られなくなっている。
最上階展望スペース(100メートル地点)からエレベーターホール(30メートル地点)までは外側に設置された階段で昇降できるようになっており、「スカイウォーキング」として毎月決まった日に一般に開放されている(2006年(平成18年)の改装以前は常時開放されていた)。
歴史1961年ごろのテレビ塔
1953年(昭和28年)9月19日 - 着工[注 4]。
1954年(昭和29年)
6月19日 - 完成。
6月20日 - 開業。当時は東洋一の高さを誇る高層建築物であった[注 5]。
8月22日 - NHK名古屋放送局が総合テレビジョンの放送をVHF5chで開始[14]。
1955年(昭和30年)4月5日 - 入塔者100万人達成[注 6]。
1956年(昭和31年)
6月24日 - 展望階段を使ったクライミング競争を開催(後述)。
9月1日 - NHK名古屋の周波数をVHF5chからVHF3chへ変更。
12月1日 - 中部日本放送(CBCテレビ)がVHF5chで本放送開始。
1958年(昭和33年)12月25日 - 東海テレビ放送がVHF1chで本放送開始。
1961年(昭和36年) 3月27日 - NHK教育テレビジョン(現在のNHK Eテレ)の放送をVHF9chで開始[14]。
1962年 (昭和37年)
4月1日 - 名古屋テレビ放送(メーテレ)がVHF11chで本放送開始。
12月24日 - NHK-FMの実験放送開始 (82.5Mc・3 kW)。当初は名古屋テレビ塔から送信し、総合テレビとアンテナを共用していた[14][16]。
1964年(昭和39年) - 入塔者1,000万人達成。
1968年(昭和43年) - 地上100メートルの展望バルコン完成。
1969年(昭和44年)3月1日 - NHK-FMの本放送開始[14]。
1971年(昭和46年)3月26日 - NHK-FMの送信所を東山タワーに移転する[17]。
1973年(昭和48年) - ナイフ男が現れ、3人が重軽傷を負う騒ぎが発生。
同年、NHK岐阜放送局及び津放送局が相次いで総合テレビの県域放送を開始したことに伴い、NHK名古屋総合も県域放送扱いとなったが、これにあたってスピルオーバー対策(出力減力や放送パターンの変更など)は特に行われなかった[注 7]。
1989年(平成元年) - ライトアップ開始。
1998年(平成10年) - 入塔者3,000万人達成。
2003年(平成15年) - デイトレードで儲けた男性がテレビ塔の展望台から紙幣をばら撒く事件が発生(名古屋ドル紙幣ばら撒き事件)。
2005年(平成17年)7月12日 - 文部科学大臣により「国土の景観に寄与しているもの」[注 8]として、国の登録有形文化財(第23-0188号)に登録[20]。
2006年(平成18年) - レストランや土産売場があったフロアを改装し、名古屋を基盤としたレストラン「ゼットン」が入居。名古屋の名所や放送文化を紹介するコーナーも設置。
2008年(平成20年) - NPO法人地域活性化支援センターが主催する恋人の聖地に認定される。
2011年(平成23年)
7月24日 - アナログ放送終了。
12月7日 - 1回目のアナログアンテナの撤去工事が開始された[21]。
2012年(平成24年)
4月1日 - マルチメディア放送・NOTTVが本放送開始。テレビ塔での新規放送開始は1962年(昭和37年)同日の名古屋放送以来50年ぶり。
2014年(平成26年)
6月19日 - ライトアップ照明を1万1,000個使用したLED照明に切り替え、この日点灯式が行われる。新しいライトアップの名称は「煌」(きらめき)。
6月20日 - 開業60周年。当日は開業当時と同じ50円で展望台に入ることができ、3,000人が入場した。
2016年(平成26年)6月30日 - マルチメディア放送・NOTTVが放送終了。