既に編纂されている史料の場合は、著述者の立場により意図的な編纂が加えられている場合もある。例えば中国の正史(二十四史)は唐代以降、国家による編纂となったために、当代の王朝を正当化するために先代の王朝の最後の皇帝などが実際以上に悪く書かれる傾向にある。こうした史料を残した人の思想や信条、政治的状況、当時の社会状況を慎重に見定めることが必要である。 テーマを決定し、先行研究を調査した後は、集めた史料を問題意識に従いながら読解することで、論文を執筆する。翻刻され、刊行された史料は古文や漢文が読めれば使うことができるが、くずし字のままの文章や外国語で書かれた文章を読解するのは専門的な教育を受けていなければ難しい。また、時代や地域、テーマ設定にもよるが、史料は膨大な量が残っており、研究者は日々これを読むことに腐心している。古文書には内容以外にも形式に注目する必要があり、それは古文書学を学ぶことで知ることができる。 史料読解ができたら、それを論文にまとめる必要がある。論文には形式があり、それに従って書かなければならない。論文を執筆したあとは、それを投稿して世に問わなければならない。「史学雑誌」、「歴史評論」などの学術雑誌や、大学や博物館などが出す紀要、地域の郷土史家グループが出している雑誌、学生向けの論文コンクールなどさまざまな発表の場があり、そこに発表することで、他の研究者が読み、参考にすることができる。 歴史観または史観とは、歴史の見方[3]。それぞれの歴史観ごとに「史実」は異なり、容易に一致させられない[3]。しかしある時代に多くの人が共有していた歴史観はあり、古代ギリシアの「循環史観 技術史観とは、技術の進歩が歴史的発展を究極的に決定しているとする見方[4]。歴史的・社会的変動の原因を技術と見なすことで、歴史を技術の質的変化として考察する立場[4]。技術史観では少なくとも、次の二点が前提とされる[4]。 このような技術史観の見方では、新技術の発明と普及が、人間の生活様式・社会関係・社会構造・文化・思想の飛躍的変化を引き起こす[4]。「農業革命→産業革命→エレクトロニクス革命」という段階的用語は、その例である[4]。詳細は「技術史(テクノロジー史)」を参照「農業革命」、「産業革命」、および「エレクトロニクス革命(IT革命)」も参照 ここでは時系列順に主な歴史観を列挙していく。
史料読解と論文執筆
歴史観と史学史
歴史観の一覧
皇国史観詳細は「皇国史観」を参照
自慰史観詳細は「自慰史観」を参照
自虐史観詳細は「自虐史観」を参照
陰謀史観詳細は「陰謀史観」を参照
太平洋戦争史観詳細は「太平洋戦争史観」を参照
東京裁判史観詳細は「東京裁判史観」を参照
自由主義史観詳細は「自由主義史観」を参照
進歩史観詳細は「進歩史観」を参照
単一発展史観詳細は「単一発展史観」を参照
発展段階史観詳細は「発展段階史観」を参照
マルクス史観詳細は「マルクス史観」を参照
唯物史観詳細は「唯物史観」を参照
ホイッグ史観詳細は「ホイッグ史観」を参照
司馬史観詳細は「司馬史観」を参照
普遍史観詳細は「普遍史観」を参照
天啓史観詳細は「天啓史観」を参照
誇大妄想史観詳細は「誇大妄想史観」を参照
文明の生態史観詳細は「文明の生態史観」を参照
技術史観
(思想・文化・社会制度は民族や地域によって異なるとしても、)技術は普遍的であり、いかなる社会にも共通して取り入れられる[4]。
(思想・文化・社会制度は盛衰を繰り返すとしても、)技術は進歩発展し続けている[4]。
歴史観の歴史
古代インドの仏教で、時間と共に正しい教えが廃れるという下降史観が興り、仏教とともに各地に伝来した。