中華民国総統であった李登輝は、台湾人のルーツをたどれば中国大陸からの移民が多いとしつつも、「私がはっきりさせておきたいのは、『台湾は中国の一部』とする中国の論法は成り立たないということだ。四百年の歴史のなかで、台湾は六つの異なる政府によって統治された。もし台湾が清国によって統治されていた時代があることを理由に『中国(中華人民共和国)の一部』とされるならば、かつて台湾を領有したオランダやスペイン、日本にもそういう言い方が許されることになる。いかに中国の論法が暴論であるかがわかるだろう。もっといおう。たしかに台湾には中国からの移民者が多いが、アメリカ国民の多くも最初のころはイギリスから渡ってきた。しかし今日、『アメリカはイギリスの一部』などと言い出す人はいない。台湾と中国の関係もこれと同じである」と述べている[23]。また李登輝は、日本統治時代に台湾人が学んで純粋培養されたのは、「勇気」「誠実」「勤勉」「奉公」「自己犠牲」「責任感」「遵法」「清潔」といった「日本精神」であり、国共内戦後に中国大陸から来た中国国民党たちは、自分たちが持ち合わせていない価値観だったので、これらの「日本精神」を台湾人の持ち合わせている気質だと定義したと述べている[24]。
周婉窈(中国語版)(国立台湾大学)は、「中国と日本との対立、日本と韓国、そして中国と台湾、また中国と韓国との間にも問題があります。中国は、『反日でない』(侮蔑的な言い方は『親日』)台湾人を敵視していますが、このような民族的な感情というのは東アジアの国々が近代国家に転換してから生まれたものです。(中略)近代国家型のナショナリズムというのは人類の歴史の新参者であります。それは私たちの過去に対する認識をいつも覆い隠したり、ゆがめたりしています。この点は特に中国が目立っております。中国のナショナリズムは、歴史ではない主張の上につくられたことが多いということです。例えば、中国は台湾は古くから中国の領土だと宣言しています。チベットも、新疆もそうです。これは歴史からかけ離れた言い方であるというふうに思っています。いかにして歴史ではない中国の主張を捨てさせるのか。これは和解の第一歩でもありますが、私はその方法がまだ思いついておりません」と述べている[25]。
2020年、台湾で「自分は中国人ではなく、台湾人だ」と考える人の割合が急上昇しており、台湾や香港に対する中国の強硬姿勢への反発に加え、新型コロナウイルス対策の成功が意識変化の背景にあり、その牽引役は、李登輝が進めた民主化後に社会に出た若者である[26]。李登輝は1996年の総統直接選挙の導入などの民主化を推進し、1997年には台湾の歴史を学ぶ『認識台湾』を導入するなどの教育改革を進め、現在20代から30代の若者はその洗礼を受けた世代に当たる[26]。国立政治大学が市民にアイデンティティを問うてきた調査では「自分は台湾人」と答える人が、1996年の直接選挙の導入を節目に長期的な増加傾向を保ち、2020年6月調査では前年比で8.5%増え、過去最高の67%に達し、年代別では、20代が8割、30代も7割を超すが、「自分は中国人」と答える人は過去最低の2.4%にとどまる[26]。国立政治大学選挙研究センター主任のの蔡佳泓は「中国による統一圧力や香港弾圧に対する警戒感が影響している。今年は特に新型コロナ対策の成功で世界に注目されたことが、台湾人としての誇りにつながった」とみている[26]。
大陸委員会による台湾人の民族帰属意識
2000年の大陸委員会による民族帰属意識調査では、「台湾人である」の42.5%と「台湾人でもあり中国人でもある」の38.5%を合わせると、台湾人意識は81%に達し、「中国人である」の13.6%を圧倒する[14]。また、73.2%が中国政府による統治を拒否すると回答している[14]。
海峡交流基金会による台湾人の民族帰属意識
2007年の海峡交流基金会による民族帰属意識調査によると、この20年間で台湾人と自己認識する人の割合が増加したのに対し、中国人と自己認識する人の割合が減少した[15]。さらに、国民の65%近くが「台湾と中国本土は同じ中国であり、運命共同体である」という考えに反対している[15]。
『天下雑誌(中国語版)』による台湾人の民族帰属意識
2020年の『天下雑誌(中国語版)』による国情調査では、20歳から29歳の若年層の82.4%が「台湾人」と回答し、「台湾人かつ中国人」とする回答の12.4%を大きく上回った[16]。一方、40歳以上の世代の約30%は「台湾人かつ中国人」と回答した。過去調査と比較して、若年層ほど中国とのつながりが少なくなり、台湾人アイデンティティが鮮明になっていると分析している[16]。
『聯合報』による台湾人の民族帰属意識
2016年3月14日、『聯合報』による国族認同調査では、「自分は何人か」との問いに対して「台湾人」と回答した人はこの20年間で最高の73%に上った[17]。一方、「台湾人かつ中国人」が10%であり、「台湾人とは中国人のこと」が1%、「中国人」が11%だった[17]。「台湾人」と回答した人の割合は、1996年が44%、2006年が55%だった[17]。
TVBSによる台湾人の民族帰属意識
2013年にTVBSが実施した世論調査によると、自らのアイデンティティについて台湾人か中国人かの二者択一で選択した場合、78%が台湾人であると回答し、13%が中国人であると回答した[18]。台湾人か中国人か台湾人かつ中国人が選択できる場合、55%が台湾人であると回答し、38%が台湾人かつ中国人であると回答し、3%が中国人であると回答した[18]。
台湾民意基金会による台湾人の民族帰属意識
2020年に台湾民意基金会が実施した全国世論調査では、83.2%が「台湾人」、5.3%が「中国人」、6.7%が「台湾人かつ中国人」と回答した[19]。自らを「台湾人」とする回答は、1991年の調査開始以来の最高値に達した[19]。
国立政治大学による台湾人の民族帰属意識
国立政治大学選挙研究センターは1992年から長期間に及ぶ台湾人/中国人意識調査を行っており、李登輝総統の8年間の任期期間中に台湾人意識増加=22.4%、一年の平均増加=2.8%であり、陳水扁総統の8年間の任期期間中に台湾人意識増加=5%、一年の平均増加=0.625%であり、馬英九総統の8年間の任期期間中に台湾人意識増加=14.3%、一年の平均増加=1.78%となっている[21]。また、同調査では自らをはっきりと中国人であると考える国民は2020年では2.4%まで下がっている[22]。国民党独裁時代に教育を受けた世代において中国人意識が相対的に高く、20代、それから10代と年齢が下がるにつれて台湾人意識が圧倒的に高くなっている。
脚注^ 漢字圏の近代 2005, p. 18
^ a b 漢字圏の近代 2005, p. 20