しかし、これら古鯨類は始新世と漸新世を隔てる絶滅期を乗り越えることかなわず、おそらくはバシロサウルス科中のドルドン亜科
を唯一の例外として他はことごとく姿を消している。バシロサウルス科も次の世で見ることはできず、絶滅を逃れ得なかったはずであるが、正鯨類という子孫を残したのちに姿を消した。古鯨類の絶滅は、高度に進化した正鯨類の出現による淘汰圧もあるが、始新世末に起きた気候変動による海水温の低下や海退(始新世終末事件)、それに伴う生物量の減衰が大きく影響したものと見られ、あるいは、その両方が関係しているともいわれている。古鯨類が絶滅した漸新世の生態系では、浅海の中型海棲捕食動物のニッチ(生態的地位)が“空席”となったが、クマ科の祖先に近い水陸両棲傾向の強い陸棲食肉類であるヘミキオン科(en)の一部がこれを埋めるべく進化を始めて分岐し、続く中新世までには本格的適応を遂げて鰭脚類(アザラシやアシカの仲間)という動物群の地位を確固たるものとしている。彼等は特に原始的な古鯨類が得ていた水陸両棲の中型捕食動物としての地位を占めることになった。また、のちに外洋で進化したイルカ(小型のクジラ類)が分布を広げるなかで浅海や淡水域にまで進出したことにより、古鯨類の絶滅によってクジラ類の手からこぼれ落ちるかたちとなった「浅海の中型海棲捕食動物のニッチ」は、大幅に取り戻された。
古鯨類の鼻孔(噴気孔)はパキケトゥス科では頭部の前方に位置していたものが、次第に後方へ移動し、最末期の種の一つであるドルドン[5]では吻部の中間の位置に来ている。しかし、水面での呼吸を容易にする頭頂部への鼻孔の完全な移動は、正鯨類の登場以降に起こっている。さらなる海棲への適応進化である。
分類系統
分類パキケトゥスPakicetus inachus
(パキケトゥス科)アンブロケトゥス Ambulocetus natans (アンブロケトゥス科)ロドケトゥスRodhocetus kasrani
(プロトケトゥス科 )バシロサウルス Basilosaurus cetoides
(バシロサウルス科バシロサウルス亜科)ドルドン Dorudon atrox
(バシロサウルス科ドルドン亜科)
古鯨類とその子孫(ハクジラ類とヒゲクジラ類)の分類。
鯨偶蹄目 Cetartiodactyla
鯨類(階級なし。解体・整理されるべきクレード) Cetacea
古鯨類(解体・整理されるべきクレード) Archaeoceti
パキケトゥス科 Pakicetidae
パキケトゥス Pakicetus
イクチオレステス Ichthyolestes
ナラケトゥス Nalacetus
アンブロケトゥス科 Ambulocetidae
ヒマラヤケトゥス Himalayacetus
ガンダカシア Gandakasia
アンブロケトゥス Ambulocetus
レミングトノケトゥス科 Remingtonocetidae
アットクキケトゥス(アトッキケタス) Attockicetus
ダラニステス Dalanistes
クッチケトゥス Kutchicetus
レミングトノケトゥス Remingtonocetus
アンドレウシフィウス(アンドリューシフィウス) Andrewsiphius
プロトケトゥス科 Protocetidae
アルティオケトゥス Artiocetus
タクラケトゥス Takracetus
ナッチトキア Natchitochia
パッポケトゥス Pappocetus
クィスラケトゥス Quisracetus
エオケトゥス Eocetus
ガヴィアケトゥス Gaviacetus
ロドケトゥス Rodhocetus
バビアケトゥス Babiacetus
インドケトゥス亜科 Indocetinae
インドケトゥス Indocetus
プロトケトゥス Protocetus
ゲオルギアケトゥス(ジョージアケタス) Georgiacetus
バシロサウルス科 Basilosauridae
バシロサウルス亜科 Basilosaurinae
プロゼウグロドン Prozeuglodon
バシロテウス Basilosaurus
バシロサウルス Basiloterus
ドルドン亜科 Dorudontinae
ドルドン Dorudon
アンカレケトゥス Ancalecetus
ジゴリザ(ジゴリーザ) Zygorhiza
ポントゲネウス Pontogeneus
サガケトゥス Saghacetus
クリソケトゥス Chrysocetus
ヒゲクジラ類 Mysticeti
ハクジラ類 Odontoceti
スクアロドン上科(未分類上科) Squalodontoidea
スクアロドン Squalodon
系統