古フランス語
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古フランス語初期、つまり12世紀中ごろまでは、⟨ai⟩ は二重母音 /aj/ を表していたが、後に単母音 /?/ を表すようになった[5]。また ⟨ei⟩ は /ej/ を表したが、古フランス語後期には、鼻音化した場合をのぞいて、/oj/ に統合された。

表中で上昇二重母音とあるものは、古フランス語初期には下降二重母音であった可能性がある(表中の上からそれぞれ /ie?/、/yj/、/ue?/ であった)。古い詩の母音韻では、⟨ie⟩ と表記される二重母音はどのような単母音の組み合わせとも韻を踏まないことから、⟨ie⟩ が /je/ であったと素直に解することはできないようである。

⟨ue⟩ および ⟨eu⟩ という表記の発音については諸説がある。古フランス語の初期には両者はそれぞれ /uo/、/ou/ を表し(ただし ⟨uo⟩、⟨ou⟩ と書かれることもあった)、中期フランス語期には /o ~ ?/ に統合されていたが、その間の過渡期の発音についてはよくわかっていない。

文法
名詞

古フランス語の名詞では、主格(文中で主語となる格)と斜格(主格以外のすべての働きを担う格)の2つのが維持されていた。なお、スペイン語やイタリア語などいくつかのロマンス語ではフランス語より早く格変化が消失した。格の区別は、少なくとも男性名詞では、定冠詞と名詞自体の変化形とで示されていた。男性名詞 li voisins 「隣人」を例に格変化を示すと以下の表のようになる(なお、「隣人」の歴史的変遷は、ラテン語:.mw-parser-output span.smallcaps{font-variant:small-caps}.mw-parser-output span.smallcaps-smaller{font-size:85%}vicinus /wi?ki?nus/ → ロマンス祖語:*[*/ve?t?sinu(s)/] → 古フランス語:voisins /voj?z?ns/ となる。現代フランス語では le voisin)。

名詞の活用形の変遷
(古典ラテン語から古フランス語・男性名詞の例)ラテン語古フランス語
単数形主格ille vic?nusli voisins
斜格 (ラテン語は対格)illum vic?numle voisin
複数形主格ill? vic?n?li voisin
斜格 (ラテン語は対格)ill?s vic?n?sles voisins

格の区別は古フランス語後期には消滅しはじめる。主格と斜格のうち現代語まで残るのは大方のロマンス語の場合と同じく通常は斜格であった(たとえば、現代フランス語の l'enfant 「子供」は、古フランス語の斜格形 l'enfant に由来し、かつ同形である。主格形は li enfes)。しかし主格形と斜格形が大きく異なっている場合には、主格形の方が生き残ったり、主格形と斜格形がそれぞれ違う意味の単語になったりすることもあった。

ラテン語の senior 「年長の」に由来する名詞 li sure は、主格形 li sure、斜格形 le seigneur の両方が異なる意味の単語となって現代フランス語まで残った。主格形は、羅:senior → 古仏:sure → 仏:sire (貴人に用いる尊称。英語の lord や sir にあたる)。斜格形は、羅:seniorem → 古仏:seigneur → 仏:seigneur 「領主、主君」

現代フランス語の s?ur 「姉/妹」は主格形由来で、斜格形は残っていない。主格は、羅:soror → 古仏: suer → 仏:s?ur。斜格は、羅:sororem → 古仏:seror。

現代フランス語の pretre 「司祭」は主格形由来。斜格形はパリの通りの名にのみ残る(Rue des Prouvaires)。主格は、羅:presbyter → 古仏:prestre → 仏:pretre。斜格は、羅:presbyterem → 古仏:prevoire(のち provoire) → 仏:prouvaires。

ラテン語の homo 「人」は、主格形から現代フランス語の不定代名詞 on を、斜格形から名詞 homme 「男、人」を生じた。主格は、羅:homo → 古仏:om → 仏:on。斜格は、羅:hominem → 古仏:ome → 仏:homme。

主格と斜格の区別が主格形の語尾の -s のみのとき、この -s を同音異義語との区別のため綴りの上で残したケースが少数ながら存在する。たとえば現代フランス語 fils 「息子」(← 羅:filius(主格))は、fil 「糸」との区別のために古フランス語時代からの -s を残している。なお、fils の語尾の -s はいったん発音されなくなったが、のちに綴りにつられて再び発音されるようになり現代に至る(/fi/ → 現仏:/fis/)。綴りと発音の関係一般に関しては en:Spelling pronunciation も参照のこと。

スペイン語・イタリア語同様、文法上のからは中性が失われ、ラテン語で中性に分類されていた名詞は男性名詞に統合された。ただし、ラテン語の中性名詞のうち、複数形をもととして女性名詞単数形となったものがある。たとえば、ラテン語の gaudiu(m) は gaudia という複数形で用いられることのほうがずっと多く、-a という形が一般的な女性名詞の単数形と同形であることから、俗ラテン語ではこの単語は女性名詞単数形と捉えられるようになった。これがさらに変化し、現代フランス語では la joie 「喜び」という女性名詞となっている。

名詞の語形変化一覧は以下のとおりとなる。

第1変化名詞(女性)第2変化名詞(男性)
第1変化第1変化a第2変化第2変化a
意味女物・事都市隣人従者父
単数形主格la famela riensla citezli voisinsli sergenzli pere
斜格la rienla citele voisinle sergentle pere
複数形主格les famesles riensles citezli voisinli sergentli pere
斜格les voisinsles sergenzles peres

第3変化名詞(男・女)
第3変化a第3変化b第3変化c第3変化d
意味歌い手男爵尼姉/妹子供司祭領主伯爵
単数形主格li chantereli berla nonela suerli enfesli prestreli sireli cuens
斜格le chanteorle baronla nonainla serorl'enfantle prevoirele seigneurle conte
複数形主格li chanteorli baronles nonesles serorsli enfantli prevoireli seigneurli conte
斜格les chanteorsles baronsles nonainsles serorsles enfanzles prevoiresles seigneursles contes

古フランス語の第1変化名詞は古典ラテン語の第1変化名詞に由来する。第1変化aはおおよそがラテン語で第3変化をとる女性名詞からなる。第2変化名詞はラテン語の第2変化名詞からなり、第2変化aは、ラテン語の第2変化名詞のうち -er で終わるものと、第3変化をとる男性名詞からなる。なお、第2変化aでは単数主格の語尾に -s をとるものが存在しない。これは、第2変化aのルーツのいずれも単数主格の語尾が -s でないことを引き継いだものである。

第1変化名詞と第2変化名詞では、かつて存在した多様な活用形から類推によって一般的な形になったものが多数みられる。たとえば、ラテン語で -ae だった第1変化名詞複数主格形の語尾は、本来 -O (子音クラスタのあとは -e)となるはずだが実際には -es となっており、また第2変化aの例では li pere の複数主格は本来 *li peres (ラテン語では illi patres)であるが、通常の第2変化名詞にならって li pere となっている。

第3変化名詞では第1・第2変化と異なり、単数主格形が多様である。第3変化aは、ラテン語で単数主格が -ator、単数対格が -atorem であった名詞(動作主名詞の一部)からなり、アクセント位置の移動も保持されている。第3変化bはラテン語で単数主格が -o、単数対格が -onem だった単語からなり、こちらもアクセント位置が移動する。第3変化cは古フランス語の創出で、ラテン語に明確な祖形を持たない語彙からなる。第3変化dはラテン語の第3変化名詞各種と、不規則活用をする男性名詞からなる。

人名・職業名などで、男性名詞から女性形を作る場合には、男性名詞の語幹に -e を付す。ただし、男性名詞の語幹が -e で終わるときにはこの限りではない。例として、羊飼いを表す bergier の女性形は bergiere となる(現代フランス語ではそれぞれ berger, bergere)。
形容詞

形容詞は自身が修飾する名詞とを一致させる。つまり、たとえば複数主格形の女性名詞を修飾する形容詞は女性・複数・主格形に活用させる必要がある。「裕福な女たち」を意味する femes riches では riche という形容詞は女性・複数形の riches となっている(格に関しては主格と斜格が同形)。

形容詞は活用の種類によって3つに分類できる[6]

第1変化形容詞 - おおまかにラテン語の第1・第2変化形容詞に対応する。

第2変化形容詞 - おおまかにラテン語の第3変化形容詞に対応する。

第3変化形容詞 - 主に、ラテン語の形容詞比較級のうちで単数主格が -ior、単数対格が -i?rem で終わるものからなる。

第1変化形容詞は女性・単数形(格は主格と斜格で共通)で語尾が -e となる。第1変化形容詞は男性・単数・主格形の違いに基づいて2つに分けることができる。第1変化形容詞aでは男性・単数・主格形の語尾が -s となる。第1変化形容詞a:bon 「良い」(ラテン語:bonus、現代フランス語:bon)

男性女性中性
単数複数単数複数単数
主格bonsbonbonebonesbon
斜格bonbons?

第1変化形容詞bでは男性・単数・主格形の語尾が女性形同様 -e となる。第1変化形容詞bはラテン語の第2変化形容詞と第3変化形容詞のうち単数・主格形の語尾が -er であるものを含む。第1変化形容詞b:aspre 「荒い」(ラテン語:asper、現代フランス語:apre)

男性女性中性
単数複数単数複数単数
主格aspreaspreaspreaspresaspre
斜格aspres?

第2変化形容詞では女性・単数形の語尾が -e でない。第2変化形容詞:granz 「大きい、偉大な」(ラテン語:grandis、現代フランス語:grand)

男性女性中性
単数複数単数複数単数
主格granzgrantgranz/grantgranzgrant
斜格grantgranzgrant?

なお、第2変化形容詞における重要なサブグループに、現在分詞の語尾が -ant となるものがある。

第3変化形容詞では活用形に伴って語幹も変化する。これはラテン語で imparisyllabic な活用(主格形よりも属格形の方が音節が多くなる活用)をする語でアクセント位置が格によって移動することと、かつ中性形で男性形・女性形と異なった活用形をとることに由来する。第3変化形容詞:mieudre(英語の better)(ラテン語:melior、現代フランス語:meilleur)

男性女性中性
単数複数単数複数単数
主格mieudre(s)meillormieudremeillorsmieuz
斜格meillormeillorsmeillor?

古フランス語後期には、第2変化形容詞と第3変化形容詞は第1変化形容詞に取り込まれていき、この変化は中期フランス語期には完了した。そのため大方のロマンス語では2つ以上ある形容詞の活用形が、現代フランス語では1つしかない。
冠詞

定冠詞

 男性単数男性複数女性単数女性複数
主格lililales
斜格leleslales

不定冠詞

 男性単数男性複数女性単数女性複数
主格unsununeunes
斜格ununsuneunes

動詞
-er動詞の略表

 
直説法接続法条件法命令法
現在過去未完了未来現在未完了現在現在
一単durduraiduroiedureraidurdurassedureroie
二単duresdurasduroisdurerasdursdurassesdureroisdure
三単dureduraduroitdureradurtdurastdureroit
一複duronsduramesduriiens/-ionsdureronsduronsdurissons/-issiensdureriions/-ionsdurons
二複durezdurastesduriiezdureroiz/-ezdurezdurissoiz/-issez/-issiezdureriiez/-iezdurez
三複durentdurerentduroientdurerontdurentdurassentdureroient

その他

不定詞:durer

現在分詞:durant

過去分詞:dure

脚注[脚注の使い方]
注釈^ フランス周辺。
^ パリ周辺の方言。
^ フランス・ルネサンス(英語版)期のフランス語。
^ なお、異民族間の共通語を表す「リングワ・フランカ」は、「フランク人の言葉」という意味だが、実際に十字軍時代から東地中海で通商に用いられ「リングワ・フランカ」と呼ばれたロマンス語系ビジネス混合言語は実質的にはオック語とイタリア語に基づくものである。
^ ウルガタ聖書のラテン語を理解するために作られた単語集。8世紀。
^ 教義の解釈をはじめとする雑多な内容の中に、ロマンス語話者のための古高ドイツ語会話集と言うべきものを含む。


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