1971年まで使われた旧協定世界時 (UTC) は、公認されたセシウム原子の振動数を F0 とし、周波数や秒間隔を F = F 0 × ( 1 + s ) {\displaystyle F=F_{0}\times (1+s)} そのオフセット値「50 × n × 10?10、n は整数」を s で定め、 歩度をできるだけ変更せずに UT2 世界時と近似的な一致を得るため F を1年間固定[25][26]していた。UT2 世界時と 0.1 秒以上の差を生じたときは月の1日0時 (UT) に 0.1 秒のステップ調整を実施し、オフセット及び秒信号の修正量と時期は国際報時局 (BIH)[注釈 6]が関係天文台と協議して定めていた[27][26]。
標準電波で発射される報時信号は搬送波の位相に同期[28][26](CCIR勧告460[29])しており周波数は時間の逆数で表されるため周波数オフセットは時間を時刻に合わせる手段となることから、周波数を基準値から故意に遷移させて積算した時刻信号の歩度を UT2 世界時の歩度に近似させた[30]。UT2 世界時は UT1 世界時の既知の季節変動を補正して平滑化したものだが地球自転の角速度は不規則に変動し、歩度を1年間一定にする旧協定世界時 (UTC) との差を月初に0.1秒単位でステップ調整した[27][26]。 旧協定世界時 (UTC) は標準電波の報時信号を同期する国際協定に基づき1960年頃から試験的に運用され、1961年1月1日に制度を開始し、1964年1月1日から正式に採用されて1971年末まで[31][28][32]使用された。 1950年代にセシウム原子時計が実用化され、標準電波の周波数は原子周波数標準器を基準とし、時刻は地球の自転に基づく UT2 世界時を基準とする報時信号が発射されていた[33]が各国の報時機関がそれぞれ独立に発射して相互に無関係[34]だった。人工衛星の国際観測が興隆し、世界のデータを整約するため国際的な統一方法で UT2 の時刻利用が強く望まれ、1959年にアメリカ合衆国とイギリスを中心に標準電波の周波数や報時信号の同期を合議して報時信号は ±1 ms、標準周波数は ±1×10?10 を目標に同期[31]を図った。 旧協定世界時の周波数オフセットとステップ調整[35][36]年月日オフセット値 (×10?10)ステップ調整 (s) 1960年国際電波科学連合 (URSI) 第13回総会や1961年国際天文学連合 (IAU) 第11回総会で報時信号の国際同期に関する問題が討議され具体化され、セシウム原子振動標準の周波数 (9192631770 Hz) が公認[37][38]される。
歴史
旧協定世界時
1960?150なし
1961-01-01?150なし
1961-08-01?150+0.050
1962-01-01?130なし
1963-01-01?130なし
1963-11-01?130?0.100
1964-01-01?150なし
1964-04-01?150?0.100
1964-09-01?150?0.100
1965-01-01?150?0.100
1965-03-01?150?0.100
1965-07-01?150?0.100
1965-09-01?150?0.100
1966-01-01?300なし
1967-01-01?300なし
1968-01-01?300なし
1968-02-01?300+0.100
1969-01-01?300なし
1970-01-01?300なし
1971-01-01?300なし