十六菊花紋
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菊は「菊花紋章」から皇室の代名詞とされ、幕末流行り歌にも「(=皇室)は咲く咲く、(=徳川将軍家)は枯れる」と歌われている[10]日本軍においても、幕府や諸藩が明治政府へ環納した小銃に種々様々な紋所や刻印が刻まれていたのを、菊花紋章に改刻して統一したのを端緒に、村田銃以降のすべての国産軍用小銃に刻印されていた[11]。これらの小銃を部外に払い下げる場合には、菊花紋章を削り取る、または丸印等の刻印を重ねて打って潰す措置が行われた。また陸軍軍旗連隊旗)の旗竿先端(竿頭)や、海軍軍艦[12]の艦首に金色の菊花紋章[13]が付されていた。
戦後(第二次世界大戦後?昭和後期・平成)ウィンザー城のセント・ジョージ・チャペルに掲げられたガーター勲爵士バナー。右側には皇室の菊花紋章(天皇旗)が見える。

1947年(昭和22年)に皇室儀制令は廃止されたため、菊花紋章を天皇・皇室の紋章と定め、または日本の国章と定める現行法令はない。しかし、慣例的に天皇・皇室の紋章として、または日本の国章に準じる紋章として、菊花紋章が用いられ続けている。

日本の在外公館の玄関には、戦前から引き続き、菊花紋章の浮き彫りが飾られている。また、日本国発行の旅券の表紙にも「十六一重表菊」をデザイン化したものが使われている[14]国会議員議員記章には「十一菊」の図案が使用されている。そのほか、菊花紋は日本の勲章の意匠にも取り入れられるなど、菊はと並び、国花に準じた扱いを受ける。日本の国章に準じた扱いを受け、法的には国旗に準じた扱いを受けるため、それに類似した商標等は登録できない(商標法第4条第1項第1号)。国際的にも、十六八重表菊は、工業所有権の保護に関するパリ条約第6条の3[15]に基づいて、1967年に同条約の同盟国に通知されており[16]、これらの国では商標登録をすることができない。

また旭日章が司法機関紋章であり使用できない(軽犯罪法による規制)ため、探偵業者が権威を表現するために自社の表号として使用する例がある。漫画家魔夜峰央は、かつて絵の背景に菊の花をあしらった模様を頻繁に描いていたが、これが菊花紋章に酷似していることに気付き宮内庁に問い合わせたところ「できれば使わないでいただきたい」と言われ、以後は描画を差し控えている、と語っている[17]
宮家の紋章

秋篠宮

常陸宮

三笠宮

高円宮

以下は廃絶または皇籍離脱で現存しない一家

有栖川宮

高松宮

北白川宮

旧竹田宮

民間団体等による使用例

自民党のシンボルは、「陰十四菊」の中央に“自民”のモノグラム。また、日本会議の紋章も、「陰十四菊」の中央に花をあしらったものである。
天台宗の菊紋天台宗正法院、東京都豊島区

仏教の一宗派である日本天台宗は、十六菊の中央に3つの星をあしらった紋(三諦章)を宗章としている。星は三諦星、または三台星とよばれ、「三台」とは中国の星座体系において、天帝を囲む3つの星の意味である。また「三諦」と書く場合は、天台宗の教理において実相の真理を明かす3つの要諦、すなわち空諦・仮諦・中諦を指す。十六菊を用いることについては、「天台宗の皇室を守護する役割を表すため」「皇室が菊紋を用いるきっかけとなった菊の花を最澄桓武天皇に献上したため」などの伝説がある。ただし上述のように、現在では皇室の菊花紋が定着したのは後鳥羽朝以降のことだったと考えられている。
用例
旗の図案
日本の皇室・皇族

天皇旗

上皇

皇后旗、皇太后旗、太皇太后旗、上皇后

摂政

皇太子旗、皇太孫

皇太子妃旗、皇太孫妃

皇嗣

(左記以外の)皇族[18]

その他

豊島区の旗
(十二菊に豊文字)

天皇のガーター騎士団員としての紋章

天皇の金羊毛騎士団員としての紋章

物の意匠

日本国旅券への使用例

小銃への使用例
三八式歩兵銃

元帥たる陸海軍大将が佩用していた元帥徽章

旧・陸軍歩兵連隊
歩兵第321連隊)の軍旗竿頭

海軍軍艦三笠)の船首(おもて)

日本水準原点標庫

国境標識への使用例(樺太の日露国境線)

普通切手への使用例(明治期の菊切手

貨幣への使用例
明治時代の5銭硬貨)


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