北野ファンクラブ
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近畿地区では本来のフジテレビ系列である関西テレビがネットしておらず[注 11]独立UHF放送局であったKBS京都サンテレビテレビ和歌山が放送されていたが、そのうちKBS京都では一時期水曜の22時から放送されていた時期があり、これを知ったたけしが番組中のトークで「こんな危ない番組をゴールデンタイムに放送しているバカな放送局がある」[注 12]などといった発言をしたことがあり、それを知ってか知らずか、半年後にはKBS京都での放送時間も23時半からの放送に変更された(それでも深夜番組としては早い方の部類に入る)。

放送回数はレギュラー化する1991年4月12日以前の2月13日と3月6日(両日共に水曜深夜特番枠TV-PLUS+90内)と4月5日(レギュラー放送開始1週前特番)に放送された90分スペシャルを含めて、全232回(レギュラー放送225回+90分スペシャル7回)。他に1992・1993年の25時間(1993年は23時間)平成教育テレビ内で『たけしの平成ファンクラブスペシャル』と題して2回生放送を行った。

収録はほとんどが渋谷ビデオスタジオで行われていたが、ニッポン放送のスタジオや船の科学館神立高原スキー場、逗子湘南海岸などで行われたこともある。『平成教育テレビ』での特別放送『たけしの平成ファンクラブスペシャル』の時は、河田町に当時存在したフジテレビの本社で行われ、多数のスタッフと予算をかけた美術セットや普段より台数の多いカメラとクレーンに対し、たけしがイヤミを言ったこともある。反面『平成教育テレビ』での特別放送では、普段の視聴者のみならず、一般人も多数視聴しており[注 13]、過激な発言や替え歌にクレームが殺到した。

たけしがバイク事故で入院しテレビ出演できなかった期間も、高田とたけし軍団が当番組を支えた。テレビ情報誌によると、1994年10月12日の21時?22時54分に当番組主要出演者・スタッフで『ビートたけし被害者の会』という特番を放送する予定だったが、諸般の事情で取り止めとなった。1995年3月にたけしが復帰し番組も元の形態に戻ったが、これ以降たけしは精彩を欠くようになり[注 14]、翌1996年3月に番組は終了した。後にたけしは本番組を高田文夫と『オールナイトニッポン』の同窓会的に名残として始められた番組だったと述べている[3]

本番組終了後も、同じくたけし・高田の司会による『北野富士』や、たけし軍団や女性タレントがトークに加わった『足立区のたけし、世界の北野』と題されたビートたけしメインの深夜番組が継続して放送された。また1993年10月に当番組のゴールデンタイム版として『ビートたけしのつくり方』が半年間放送された。さらに当番組シリーズから派生したものでスカパーで開局した『北野チャンネル』(後のフジテレビ721→フジテレビONEの『チャンネル北野』、『ビートたけしの世紀末毒談』→『ビートたけしの21世紀毒談』)やBSフジの『たけしの等々力ベース』。他に兄弟番組扱いとして、高田が司会兼企画監修、当番組演出のつきざわけんじと編集の井戸清、出演に浅草キッドの『たまにはキンゴロー』『夜鳴き弁天』『ピロピロ』などもある。

なお、番組終了から18年半後の2014年10月17日深夜に当番組が特別番組で復活。番組タイトルは『たけしのダンカン馬鹿野郎!!』と改訂して、放送曜日と時間も当番組とほぼ同じ時間で放送された。出演者はたけし、ダンカン、玉袋筋太郎、〆さばアタル(旧芸名は雨空トッポ)、アル北郷、ビートきよしの6人。当番組からの同じスタッフは企画者のたけしと吉田宏プロデューサー、構成のダンカン、音効の有馬克己、美術の高松浩則の5名が参加した。
使用楽曲と音声について

番組のオープニングテーマ曲は美空ひばりが歌う「STARDUST」。エンディングテーマ曲は、番組初期は1クールごとに変わり、鈴木結女「PART OF LIFE」や藤原久美「卒業の朝」、杉山清貴「青空が目にしみる」「夏服最後の日」、林哲司「悲しみのメモリー」等。また、森田浩司「愛のX」、TWIN FIZZ「BODY」、KAZZ(川上和之)「青空に追いついて」などトライアングル・プロダクション所属のアーティストが歌うものが多かった。さらに遊佐未森「恋かしら」もエンディングテーマとして使われる予定があったが、アーティストと番組のイメージが合わないという理由で実際には使われなかった。

レギュラー化前の90分スペシャル時のエンディング曲は、THE HONNYDRIPPERSの「YOUNG BOY BLUES」が使用されていた。

1993年6月以降では、たけし自身が作詞をし歌った「嘲笑」(玉置浩二作曲)がエンディングで長く使用された(その直前まで使用されていたB・N・O・Tの「愛さなくていいから」は、ハガキ募集のジングルに変更された)。たけしがバイク事故から復帰した番組末期には「浅草キッド」や「たかをくくろうか」、「夜につまづき」、「捨てきれなくて」、「眠れない君が欲しい」、「CITYBARD」、「東京子守唄」などたけしが過去にリリースした曲もエンディングで使われていた。番組の最終回の最後は、たけしが「浅草キッド」をフルコーラスで歌いスタジオから去っていく後姿の後にオープニングタイトル[注 15]の「STARDUST」が流れ番組が終了する演出がなされた。

北野ファンクラブビデオ会報1・会報2にて使用されているスタッフロールの曲は、92年1月の番組放送時で使用されたエンディングテーマ、杉山清貴の「LOVE IS YOU」。また、一度だけ使用されたエンディングテーマには、尾崎豊「LONELY ROSE」、鈴木結女「TELL ME」「強さの意味」、SING LIKE TALKING「Steps of love」、藤原久美「純愛」、五十嵐はるみ「LONELY NIGHT」、加瀬邦彦&ザ・ワイルドワンズ91「ワン・モア・ラヴ」、つのだ☆ひろメリージェーン」、岩崎宏美「そばにおいて」、山下達郎クリスマス・イブ 英語版」等がある。たけしが事故で休養中に、軍団がたけし全快祈願のために四国八十八ヶ所巡礼旅に出た回では、ダンカン作詞・義太夫作曲の「ひとつの夏」という曲を作り第161回に義太夫がエンディングで歌った。また亀有ブラザースがマヒナスターズ特集をしていた時期だけエンディング曲に「泣かないで」と「お百度こいさん」が使用されていた。『たけし大全集'94』のエンディング曲はQUEENの「ボヘミアンラプソディ」が使用された。

コント「暫定ドラマ びっくり仮面」のコーナータイトルバックのテレビ放送時のBGMにはアニメ『聖闘士星矢』のアスガルド&海皇ポセイドン編で使用されていた音楽から「地球戦士フリルマン」に乗り変わって使われていた[注 16]

たけし復帰直前から最終回直前までのジングル(ハガキ募集のインサート)には、佐藤竹善の「STARDUST」が使用された。

よく使われた効果音は音響効果担当の有馬克己が当番組や『たけし・逸見の平成教育委員会』等の他番組でも使用していた『アッセンブル・インサート』のサウンドトラックから使われた物が多い。

この番組の音声は、放送開始当初からステレオ放送であったが、番組中期頃まではスタジオ内音声をモノラルで収録していた[注 17]。その為、『亀有ブラザーズ』などの替え歌コーナーも、長らくモノラル放送(モノステレオ放送)であった。この手法は、後に家庭用ビデオレコーダーのCMカット機能防止が目的と考えられる一部のバラエティ番組に活用されることとなっていった。なお、1993年11月5日放送分からはスタジオ内の音声もステレオ収録されるようになり、替え歌コーナーもステレオ放送へとグレードアップした。

トークコーナーにおいては、モノステレオ放送時代は原則オープニング直後及びCM明け直後にBGMとして洋楽を数十秒間流していたが、フルステレオ放送化された翌週からは取り止められている。
主なコーナー
フリートーク
たけしのおねえちゃんに関するマヌケなプライベート話から、時事ネタや当時メディアで注目されていた人物を、たけし・高田両人が徹底的にこきおろす話まで、さまざまな話題を提供し続けた。以下の人物に対する風刺はパンチが効いていて印象深い。

卓球少女愛ちゃん

軍事評論家の江畑さん:特番第1回目で、たけしが頭に被っていた髪型の人物

風船おじさん

松坂慶子の父(一般人)[注 18]

岩崎恭子

大橋巨泉


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