北京市
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年表沿革[30][31]
北京市
1949年10月1日 - 中華人民共和国北平市が北京市に改称。一区から二十区までの市轄区が成立。(20区)
1950年6月 - 市内行政区域の再編により、一区から十六区までの区が成立。(16区)
1950年10月9日 - 河北省通県専区昌平県の一部が十三区に編入。(16区)
1950年4月7日 - 十三区の一部が十五区に編入。(16区)
1950年4月27日 - 十三区の一部が二区に編入。(16区)
1950年4月28日 - 十三区の一部が四区に編入。(16区)
1950年7月 - 十三区の一部が四区に編入。(16区)
1951年11月20日 - 河北省通県専区昌平県の一部が十三区に編入。(16区)
1952年9月1日 (13区)
一区が東単区に、二区が西単区に、三区が東四区に、四区が西四区に、六区が前門区に、七区が崇文区に、八区が宣武区に、十区が東郊区に、十一区が南苑区に、十二区が豊台区に、十三区が海淀区に、十五区が石景山区に、十六区が門頭溝区にそれぞれ改称。
五区が東単区・西単区・東四区・西四区に分割編入。
九区が崇文区・宣武区に分割編入。
十四区が西四区・東郊区・海淀区に分割編入。
東郊区の一部が東四区に編入。
1952年7月23日 - 河北省通県専区宛平県を編入。(13区1県)
1952年9月 (13区)
門頭溝区および宛平県・石景山区の各一部が河北省通県専区房山県・良郷県の各一部と合併し、京西鉱区が発足。
宛平県の残部が海淀区に編入。
1955年4月 - 南苑区の一部が崇文区に編入。(13区)
1955年6月 - 東郊区の一部が東四区・東単区・崇文区に分割編入。(13区)
1955年12月21日 (13区)
東単区の一部(大庭房)が東四区に編入。
東四区の一部(八条下坡)が東単区に編入。
1956年3月9日 - 河北省通県専区昌平県を編入。(14区)
昌平県が区制施行し、昌平区となる。
河北省通県専区通県の一部が東郊区に編入。
1956年3月17日 (14区)
東郊区の一部が海淀区に編入。
海淀区の一部が西単区・西四区・石景山区に分割編入。
京西鉱区の一部が石景山区・豊台区に分割編入。
南苑区の一部が豊台区に編入。
豊台区の一部が宣武区に編入。
1957年9月30日 - 河北省通県専区大興県の一部が南苑区に編入。(14区)
1957年12月4日 - 河北省通県専区順義県の一部が東郊区に編入。(14区)
1958年2月25日 - 昌平区の一部が海淀区に編入。(14区)
1958年3月7日 - 河北省通県専区通州市・通県・順義県・大興県・良郷県・房山県を編入。(14区1市5県)
1958年4月8日 - 前門区が崇文区・宣武区に分割編入。(13区1市5県)
1958年5月3日 (12区1市5県)
石景山区が豊台区・海淀区・門頭溝区に分割編入。
東郊区が朝陽区に改称。
京西鉱区が門頭溝区に改称。
1958年5月16日 (10区1市5県)
西単区・西四区が合併し、西城区が発足。
東四区および東単区の一部が合併し、東城区が発足。
東単区の残部が朝陽区に編入。
1958年5月29日 (13区)
通州市および通県の一部が合併し、通州区が発足。
房山県および良郷県の一部が合併し、周口店区が発足。
大興県および南苑区の一部が合併し、大興区が発足。
順義県が区制施行し、順義区となる。
通県の残部が朝陽区・大興区に分割編入。
良郷県の残部が豊台区に編入。
南苑区の残部が豊台区・朝陽区に分割編入。
門頭溝区の一部が周口店区に編入。
1958年8月 - 海淀区の一部が昌平区・豊台区に分割編入。(13区)
1958年9月 - 朝陽区の一部が通州区に編入。(13区)
1958年10月20日 - 河北省承徳専区懐柔県・密雲県、唐山専区平谷県、張家口専区延慶県を編入。(13区4県)
1958年10月 (13区4県)
通州区の一部が朝陽区に編入。
昌平区の一部が海淀区に編入。
河北省唐山専区薊県の一部が平谷県に編入。
1959年11月 (13区4県)
密雲県の一部が順義県に編入。
海淀区の一部が昌平区に編入。
1960年1月7日 (8区9県)
昌平区が県制施行し、昌平県となる。
通州区が県制施行し、通県となる。
順義区が県制施行し、順義県となる。
大興区が県制施行し、大興県となる。
周口店区が県制施行し、房山県となる。
1960年6月18日 - 順義県の一部(北京首都国際空港)が朝陽区に編入。(8区9県)
1963年7月8日 - 豊台区・海淀区・門頭溝区の各一部が合併し、石景山弁事処が発足。(8区9県1弁事処)
1964年2月 - 石景山弁事処の一部が豊台区に編入。(8区9県1弁事処)
1967年8月7日 - 石景山弁事処が区制施行し、石景山区となる。(9区9県)
1970年10月21日 - 豊台区の一部が宣武区に編入。(9区9県)
1974年8月1日 - 房山県の一部が分立し、石油化工区弁事処が発足。(9区9県1弁事処)
1980年10月20日 - 石油化工区弁事処が区制施行し、燕山区となる。(10区9県)
1986年11月11日 - 房山県・燕山区が合併し、房山区が発足。(10区8県)
1987年11月30日 - 朝陽区の一部が西城区に編入。(10区8県)
1996年6月24日 - 大興県の一部が豊台区に編入。(10区8県)
1997年4月29日 - 通県が区制施行し、通州区となる。(11区7県)
1998年3月3日 - 順義県が区制施行し、順義区となる。(12区6県)
1999年9月16日 - 昌平県が区制施行し、昌平区となる。(13区5県)
2001年1月9日 - 大興県が区制施行し、大興区となる。(14区4県)
2001年12月30日 (16区2県)
懐柔県が区制施行し、懐柔区となる。
平谷県が区制施行し、平谷区となる。
2002年9月12日 - 豊台区の一部が宣武区に編入。(16区2県)
2010年6月28日 (14区2県)
東城区・崇文区が合併し、東城区が発足。
西城区・宣武区が合併し、西城区が発足。
2015年10月13日 (16区)
密雲県が区制施行し、密雲区となる。
延慶県が区制施行し、延慶区となる。
河北省通県専区
1949年10月1日 - 中華人民共和国河北省通県専区が成立。通県・順義県・密雲県・懐柔県・昌順県・大興県・宛平県・良郷県・房山県・薊県・香河県・三河県・平谷県が発足。(13県)
1949年10月17日 - 昌順県が昌平県に改称。(13県)
1949年10月 (13県)
昌平県の一部(董家溝村・里長溝村・景児溝村・慈母川村・鉄炉子村・露破石村・沙塘溝村)が察哈爾省察南専区延慶県に編入。
察哈爾省察南専区延慶県の一部(三堡地区)が昌平県に編入。
唐山専区玉田県の一部が薊県に編入。
1949年12月19日 - 通県の一部が分立し、通県鎮が発足。(13県1鎮)
1950年2月 - 通県の一部が三河県に編入。(13県1鎮)
1950年4月19日 - 房山県の一部が保定専区?水県に編入。(13県1鎮)
1950年4月 - 順義県の一部が昌平県に編入。(13県1鎮)
1950年5月29日 - 密雲県の一部が平谷県に編入。(13県1鎮)
1950年6月1日 - 順義県の一部が通県・三河県・平谷県・密雲県に分割編入。(13県1鎮)
1950年6月 (13県1鎮)
通県の一部が三河県に編入。
密雲県の一部が平谷県に編入。
1950年7月 - 天津専区武清県の一部が香河県に編入。(13県1鎮)
1950年9月 - 薊県の一部が唐山専区玉田県に編入。(13県1鎮)
1950年10月9日 - 昌平県の一部が北京市十三区に編入。(13県1鎮)
1950年11月14日 - 通県の一部が天津専区武清県に編入。(13県1鎮)
1950年12月11日 - 密雲県の一部が熱河省興隆県に編入。
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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