動物福祉を科学的に定義するのは難しい[3]。その理由として、健康や幸福など個人の価値観によって重要性や意味がそれぞれ異なる多くの要因をともなうことがあり、したがって基準となる値を提示することが求められる[42]。
基本的に動物福祉を説明するうえで以下の3つの概念が用いられる[42]。
主観的経験
痛みや恐怖、欲求不満による幸福の低下を問題視する[42]。主観的な感情を経験できる生物にのみ適用される[42]。
生物学的機能性
生物学的機能性が病気や怪我、栄養不良によって低減されることを重視する[42]。行動学的、生理学的、病理学的指標によってはかられ、とくにストレスを指標として用いる事例が多く、脳下垂体前葉と副腎皮質の賦活化、グルココルチコイド分泌の増加などで示される[42]。
本来の性質
動物は本来の行動のほとんどを自然に実行できる自由を持つべきという考えに基づく[42]。この概念の欠点として、自然界の動物は常に本来の性質にとって問題を抱えて生存のために努力しているのであり、自然状態が必ずしも動物福祉を満たすとは限らないという指摘もある[42]。
動物倫理の点で、動物福祉という語は場合によっては動物福祉主義という意味を含む。Saunders Comprehensive Veterinary Dictionaryでは動物福祉を「飼育環境、食餌、日常的なケア、病気の予防や治療、苦痛から解放される保証、不必要な不快感や痛みから動物を保護し、人間による虐待や動物を利己的に利用することの回避」と定義している[43]。
畜産動物放し飼いのニワトリに日陰を与えるためのシェルター屋内のケージフリー農場
動物福祉の考えは畜産業に多大な影響を与えており、欧米を中心に活動や研究が盛んである[44]。その内容は、閉じ込め飼育(ケージ飼育)だけでなく、屠殺においては極力苦しませないなどの取り組み、採卵鶏のオスの殺処分問題、家畜の輸送時の扱い、豚の無麻酔去勢などの家畜の体の一部の切断処置に関するものなど、多岐にわたり、改善を求める運動の結果、様々な法的・自主的な枠組みが作られている。
5つの自由1979年、イギリス政府によって設立された独立機関である家畜福祉委員会(farm animal welfare council:FAWC)が「5つの自由」を提案し[13][3]、その後、この基本原則が世界の家畜動物福祉の共通認識となり、国際獣疫事務局 (WOAH) の陸生動物衛生規約にも示されている[14]。
飢えおよび渇きからの自由(給餌・給水の確保)
不快からの自由(適切な飼育環境の供給)
苦痛、損傷、疾病からの自由(予防・診断・治療の適用)
正常な行動発現の自由(適切な空間、刺激、仲間の存在)
恐怖および苦悩からの自由(適切な取扱い)
国際基準国際獣疫事務局 (WOAH) は、2004年以降、陸生動物衛生規約の動物福祉(アニマルウェルフェア)の基準を策定しており[45]、現在次の12章が公表されている(採卵鶏については議論が行われたものの、加盟国間の意見の隔たりが大きく採決に至っていない。詳細はバタリーケージ#採卵鶏のアニマルウェルフェアに関する基準の進行状況)。
アニマルウェルフェアに関する勧告
海上での動物の輸送
陸上での動物の輸送
空輸による動物の輸送
動物の屠殺
疾病管理のための動物の殺処分
アニマルウェルフェアと肉牛生産システム
アニマルウェルフェアと肉用鶏(ブロイラー)生産システム
アニマルウェルフェアと乳牛生産システム
作業用馬のアニマルウェルフェア
アニマルウェルフェアと豚の生産システム
皮、肉、その他の製品を目的とした爬虫類の殺処分
また、2008年以降、水生動物衛生規約の動物福祉(アニマルウェルフェア)の基準を策定しており[45]、現在次の4章が公表されている。
養殖魚のアニマルウェルフェアに関する勧告の紹介
輸送中の養殖魚のアニマルウェルフェア
食用養殖魚の解体・殺処分の福祉的側面
疾病管理のための養殖魚の殺処分
閉じ込め飼育家畜動物の動物福祉として問題になる主要なテーマは、採卵鶏のバタリーケージ飼育や母豚の妊娠ストールといった動物の閉じ込め飼育(ケージ飼育)である。これらについては欧米を中心に法律による規制や、企業による自主廃止が進んでいる。EUでは、EU市民140万人の署名により(欧州市民イニシアチブ(ECI))、2021年6月に、欧州委員会が、飼育動物のケージを禁止するという取り組みを発表した。これは、すでに規制がある産卵鶏や母豚の使用制限の強化に加え、ウサギや若鶏、種鶏、カモ、ガチョウなども規制の対象とする予定ととなっている[46]。「バタリーケージ」を参照「妊娠ストール」を参照
輸出動物の生体の輸出は、中東などの家畜需要の増加に対応するために増加している。しかし輸送はストレスの多い環境条件、高い飼育密度などから動物福祉上の問題が指摘されている[47]。そのため動物輸送に反対する運動が広まった結果、ニュージーランドでは2021年4月、2年間の移行期間を経た23年4月から生体牛の海上輸出を禁止することが公表された。2022年4月時点で、その実現に向けた動物福祉法の改正手続きを進められている(審議されている動物福祉法改正案では、海上輸出を禁止する対象が牛、鹿、ヤギおよび羊となっている)[48]。ドイツは非 EU 諸国向けに牛、羊、山羊を屠殺・肥育するために輸出することを禁止していたが、2022年に範囲を拡大し、繁殖目的の輸出も停止すると発表した[49][50]。同2022年、ルクセンブルクも動物福祉の観点から、屠殺のために他国に家畜を輸出することを禁止した[51]。2011年、オーストラリアから輸出された牛がインドネシアで虐待的扱いを受けていたことが発覚[52][53]。これを受けてオーストラリアは生きたまま牛を輸入するためには、アニマルウェルフェア基準(と畜や牛の収容施設について)を満たさなければならないという規定を策定した[54][55]。さらにオーストラリアは、2023年3月に、海上輸送中の羊が大量死する事故が相次いだことをうけ、羊の生体輸出禁止を表明した[56]。2023年4月には、ブラジルの裁判所が「動物は感覚を持った生き物である」として、国内のすべての港からの生きた動物の輸出を禁止しする判決を下した[57]。2024年5月にはイギリスが生きた家畜の輸出禁止を決定した[58]。
企業への影響畜産物を扱うグローバル企業の動物福祉評価を行うBBFAW(The Business Benchmark on Farm Animal Welfare)の2022年の評価によると、調査対象と150社のうち約80%が、家畜福祉の正式な企業方針や目標を明示し、家畜動物の福祉のガバナンスを強化していることがわかった[59][60]。調査対象には日本企業も含まれており、調査対象となったイオンは自社ブランドの平飼い卵販売強化に着手し、日本ハムはアニマルウェルフェアポリシーを公表し妊娠ストールの廃止を発表するなど、BBFAWの評価は企業への影響を及ぼしている[12]。また世界売り上げトップ企業250社のうち73%が、企業のサステナビリティ報告の開示枠組みとしてGRI (Global Reporting Initiative)基準を使用しているが[61]、GRIの基準は畜産動物のアニマルウェルフェアについて、動物の輸送・住環境・閉じ込め、屠殺に関する方針を種別に開示することを求めている[62]。近年では、各国との貿易協定においてもアニマルウェルフェアが求められるようになってきている[63]。2021年、欧州議会は、欧州委員会に対して、EU域外国で生産された畜産製品の域内流通は、EUが定めた動物福祉の基準を満たした製品のみ承認するよう求めた[64]。