労働価値説
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彼は賃金の騰落が資本の構成によって商品の価格に異なる影響をもたらすことに気づいた[16]。投下労働価値説の出発点においては、賃金の上昇は利潤の低下をもたらすだけであり、商品の価格には影響しないはずであった。しかし投下資本に占める賃金の比率が社会的な平均より高い場合、賃金の上昇は生産費用を平均以上に高め、賃金の比率が平均より低い場合は生産費用の上昇は平均以下となる。いずれの資本に対しても平均的な利潤が得られるならば、前者の場合は利潤の低下分より賃金の上昇分のほうが大きい。したがって商品の価格は上昇するのに対し、後者の場合は逆に商品の価格は低下する。投下労働量と関係なく商品の価格が変動するわけである。
マルクスの剰余価値説

カール・マルクスはリカードの投下労働価値説を受け継ぎ、労働労働力を概念的に区別することによって資本家利潤の源泉が剰余価値であることを明らかにした[17]賃金と交換されるのは労働ではなく労働力であり、労働力の価値の補填分を越えて労働が生み出す価値が剰余価値であって、これを利潤の源泉とした。

また、労働が行われる過程での実体的要素を労働対象・労働手段・労働とし、労働対象と労働手段をあわせて生産手段と呼んだ。受動的要素である生産手段は価値を生まないが、能動的要素である労働は価値を生む。資本家の観点からみれば、生産手段に投じられる資本ではなく労働力に投じられる資本が利潤を生むということになる。マルクスは生産手段を不変資本、労働力を可変資本と呼んだ[18]

リカードが賃金の騰落の影響に関して悩んだ問題は、マルクスでは不変資本と可変資本の構成の問題として整理されることになった。投下労働価値説の考え方に従えば、労働力に多く資本を投下すれば、つまり可変資本の比率が高ければ、それだけ生産物の価値は増大し、剰余価値も大きくなる。しかし実際には、労働力の比率が高ければ高率の利潤が得られるということはない。市場における競争の結果として利潤率は均等化すると考えなければならない。すると商品の価格は投下労働量に比例するとは言えなくなる。

市場における利潤率の均等化の結果として成立する価格をマルクスは『資本論』第三巻で生産価格と呼んだ[19]。生産手段と労働力に支払われた価格を費用価格とし、平均利潤を加えたものである。この生産価格は投下労働量に比例するものではないため、第一巻の投下労働価値説と第三巻の生産価格論は矛盾するのではないかという批判を呼び起こした。代表的なのがオイゲン・フォン・ベーム=バヴェルクの『カール・マルクスとその体系の終結』である[20]。また、費用価格も生産価格によって売買されることをマルクスが十分に論じなかったため、後に転形問題と呼ばれる論争のテーマとなった。

マルクスは差額地代とは別に絶対地代も成立しうることを認め、最劣等地においても地代はゼロではないという見解を示した[21]。生産物の価値は投下労働だけでなく地代によっても規定されることになり、投下労働価値説としての一貫性はリカードより一歩後退した。
限界革命詳細は「限界効用理論」を参照

1870年代ウィリアム・スタンレー・ジェヴォンズカール・メンガーレオン・ワルラスの3人の経済学者が、ほぼ同時に、かつ独立に限界効用理論に基づく経済学の体系を樹立し、新古典派経済学の創始者となった。労働価値説は彼らの学説にとって、労働力を生産過程における唯一の希少な資源と仮定する特殊モデルと整理され、以後、マルクス経済学と価値の本質をめぐる論説に決着がつかないまま今日に至っている。

そして、イアン・スティードマンをはじめとするネオ・リカーディアンによる労働価値説不要論が有名になった1970年代後半以降は、労働価値説を放棄するマルクス経済学者も出てきている(オスカル・ランゲOn the ecomic theory of socialism,1936)。マルクス経済学者はこの流れを「資本家による労働者の搾取」を容認する表皮的経済学と批判している。
評釈「マルクス主義批判」も参照

労働価値説は、諸財貨の価格比率を、それら諸財貨に対する需要をもたらす効用とは独立に、労働費用だけから予見できるとするが、ポール・サミュエルソンは、嗜好や需要のパターン、及びそれが労働以外の要素(土地など)の稀少性に及ぼす効果を考慮にいれずに、商品の価格を労働の所要量だけから予見することはできないと指摘する[22]
出典・脚注[脚注の使い方]^ 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)「労働価値説」海道勝稔[1]
^ ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典「労働価値説」
^ 精選版 日本国語大辞典「労働価値説」
^ 小学館デジタル大辞泉「労働価値説」
^ 平凡社世界大百科事典第2版「労働価値説」[2]
^ カール・マルクス『経済学批判』、大月書店〈国民文庫〉、1966年、58-59ページ
^ ウィリアム・ペティ『租税貢納論』、大内兵衛・松川七郎訳、岩波書店〈岩波文庫〉、1952年、89-90ページ
^ ウィリアム・ペティ『租税貢納論』、大内兵衛・松川七郎訳、岩波書店〈岩波文庫〉、1952年、79ページ
^ a b c ポール・サミュエルソン「経済学 [原著第10版 1976]」岩波書店、都留重人訳、1977年、37章 成長の理論,p.1211-1267.特にp1218-1227.
^ アダム・スミス『国富論』大河内一男監訳、中央公論社〈中公文庫〉、1978年、53ページ
^ リカードウ『経済学および課税の原理』、羽鳥卓也・吉澤芳樹訳、岩波書店〈岩波文庫〉、1987年、20-21ページ
^ a b アダム・スミス『国富論』大河内一男監訳、中央公論社〈中公文庫〉、1978年、52ページ
^ アダム・スミス『国富論』大河内一男監訳、中央公論社〈中公文庫〉、1978年、第1編第6章
^ リカードウ『経済学および課税の原理』、羽鳥卓也・吉澤芳樹訳、岩波書店〈岩波文庫〉、第1章第1節
^ リカードウ『経済学および課税の原理』、羽鳥卓也・吉澤芳樹訳、岩波書店〈岩波文庫〉、第1章第2節
^ リカードウ『経済学および課税の原理』、羽鳥卓也・吉澤芳樹訳、岩波書店〈岩波文庫〉、第1章第4節
^ カール・マルクス『賃金、価格、利潤』、土屋保男訳、大月書店〈国民文庫〉、1965年
^ カール・マルクス『資本論(1)』、岡崎次郎訳、大月書店〈国民文庫〉、1972年、第1部第5-6章
^ カール・マルクス『資本論(6)』、岡崎次郎訳、大月書店〈国民文庫〉、1972年、第3部第9章
^ ベーム=バーヴェルク『マルクス体系の終結』、木本幸造訳、未來社、1969年
^ カール・マルクス『資本論(8)』、岡崎次郎訳、大月書店〈国民文庫〉、1972年、第3部第45章
^ サミュエルソン 1977, p. 1225-27.

参考文献

サミュエルソン, ポール 都留重人 訳 (1977), 経済学 [原著第10版 1976], 岩波書店 

37章成長の理論:p.1211-1267

付論マルクス経済学の基礎的原理:p.1436-1452

43章経済制度の違い:p.1453-1487.


関連項目

効用価値説

マルクス主義批判

典拠管理データベース: 国立図書館

ドイツ

イスラエル

アメリカ


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