剣_(小説)
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そして、主人公を〈稀な、孤独な〉人物だと簡素に表現している三島の描き方について佐伯は、人物像を綿密に描かないことによって、「緊張と一貫性の効果」を生み、「鋭利な一瞬の疾駆のような、見事な虚像」となっているとし[2]ヘミングウェイが〈稀な、孤独な〉漁師闘牛士を「鋭利な筆致」で「古き良きアメリカの」を描いたように、三島もまた、『剣』のような「見事な主人公を通じて、古き良き日本の魂をとらえ得た」と評しつつ[2]、その「抽象化し、純化して、ほとんど余白で暗示に頼るという筆致もまた、古き良き日本の芸術の方法」であったと解説している[2]

佐藤秀明は、最後の主人公の合理的には割り切れない決意には、三島が『林房雄論』や、『剣』と関連して円谷幸吉への献辞でも述べる〈純潔を誇示する者の徹底的な否定、外界と内心のすべての敵に対するほとんど自己破壊的な否定、……云ひうべくんば、青とによる上の否定〉という〈変革原理〉へと結びつく情念があり[9]、それは三島文学に見られる「現実が許容しない」とも言い換えられると考察しながら、それを三島は、〈もつとも古くもつとも暗く、かつ無意識的に革新的であるところの、本質的原初的な「日本人のこころ」〉[9]として掘り起こしていると解説している[8]

松本徹は、『剣』や『林房雄論』などを書いていたこの時期の三島の心境について、思想イデオロギーを越えた、「われわれの内を強く流れる心情とでも言うべきもの」へと関心を向けていたと解説している[1]。また、ささいな裏切りも許さず自決した主人公の最後を、「剣の強さがガラスのように繊細で透明なものとなり、砕け散るところ」が捉えられていると評している[1]

菅原洋一は、「三島の短編のみならず、その作品中でも、屈指の作品のひとつである」と『剣』を評し[12]、〈青年だけがおのれの個性の劇を誠実に演じることができる〉[13]と考えていた三島の言葉を引きながら、「(三島)自身の分身ともいうべき次郎の死は、むしろ完成劇であった」と解説している[12]

そして、〈ただ一点を添加することによつて瞬時にその世界を完成する死〉[14]という、三島が語っていた言葉を挙げ、「次郎の唐突な死」がそれであったと指摘しつつ、それは作者・三島の「浪曼」であり、「次郎の心情の顕在化」でもあると共に、『剣』の幕切れにふさわしい「強烈な完成」だと論考している[12]。また、冒頭と結末部において、次郎の黒胴につけられた「二葉竜胆の金いろの」が、意図された符牒のようになっている点を解説しながら、竜胆の花言葉(強い正義感、的確、誠実、悲しんでいるあなたを愛する)と『剣』のクライマックスが重なり印象的だと評している[12]
映画化


Ken
監督
三隅研次
脚本舟橋和郎
原作三島由紀夫『剣』
出演者市川雷蔵長谷川明男
音楽池野成
撮影牧浦地志
編集菅沼完二
配給大映
公開 1964年3月14日
上映時間95分(モノクロ)
製作国 日本
言語日本語
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『剣』(大映) 1964年(昭和39年)3月14日封切。モノクロ 1時間35分。『斬る』、『剣鬼』と並び、三隅の「剣三部作」と呼ばれている[15]

原作にはない女性の登場人物が加えられている。

公開時の惹句は、「この汗の中に生きがいがある! 現代の誘惑を叩きつぶしてひたぶるに命を燃やす異常な青年!」「誘惑の風を斬って剣の心に生命を賭けた一学徒の異常な生涯を描く!」、「彼はアンチ現代だ!とぎすまされた世界に命をかけた異様な現代青年!」である[15][16]

併映は、池広一夫監督の『座頭市千両首』(勝新太郎坪内ミキ子出演)。
スタッフ

監督:
三隅研次

助監督:友枝稔議

脚本:舟橋和郎

企画:市川雷蔵藤井浩明、財前定生

撮影:牧浦地志

美術:内藤昭

編集:菅沼完二

音楽:池野成

照明:山下礼二郎

スチール:藤岡輝夫

キャスト

国分次郎:
市川雷蔵

壬生:長谷川明男

伊丹真理:藤由紀子

賀川:川津祐介

藤代滋子:紺野ユカ

次郎の父・国分誠一郎:稲葉義男

木内:河野秋武

壬生早苗:小桜純子

国分ひろ子:角梨枝子

多田:高見国一

映画化までの背景・評価

『剣』は、小説発表からわずか5か月で映画化された。雑誌に掲載された小説を市川雷蔵が読んで、自ら映画化を希望した[17][18][19][20]。雷蔵は1964年(昭和39年)が明けるとすぐ撮影準備に入り、三島も参加する午前4時の寒稽古(学習院大学剣道部)見学をしているが、多忙を極める2人がここまでするのは、作品への情熱、そして、三島が雷蔵を本物の俳優だと認め、期待していたからだろうと、大西望は述べている[17]炎上 (映画)#市川雷蔵と三島由紀夫も参照)。

『剣』はテレビドラマとしても映像化されているが、三島はそのドラマと映画を比較し、「加藤剛の主役は、みごとな端然たるヒーローだが、映画の主役の雷蔵と比べると、或るはかなさが欠けてゐる。これはこの役の大事な要素だ」と感想を「週間日記」の金曜日に書いている[21]

塩田長和は『日本映画五十年史』の中で、映画『剣』について、「ここでは雷蔵が三島の分身ではないかと思わせられるほどだった」と評している[22]。大西望は、雷蔵が次郎の正しさ強さ、「はかなさ」を見事に表現し、三島の理想を体現することに成功していると評し[17]、「三島由紀夫が描き、市川雷蔵が体現した反時代的な青年は、三島の理想とした反時代的な〈〉を象徴する人物でもある。三島はこういった青年を描くときに、共通した特徴を持たせている。それが〈微笑〉である」としている[17]。また、市川雷蔵という俳優自体に、「生活臭がなく人生にも芸道にもストイックなところ」があったとし、そこが、「人生」よりも「美」を選ぶ三島作品の主人公たちを表現できた理由だと解説している[17]
テレビドラマ化

近鉄金曜劇場『剣』(TBS[注釈 1]

1964年(昭和39年)5月8日 金曜日 20:00 - 20:56

脚色:山田正弘[23]


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