処刑
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この状況に対して、アムネスティ・インターナショナルのカラマール事務総長は、死刑にする犯罪は意図的な殺人を伴う「最も重大な犯罪」に限定すべきであり、自由権規約第6条第2項違反であると批判した[7]
死刑の歴史詳細は「死刑の歴史」を参照ジャン=レオン・ジェロームによるローマ時代のキリスト教徒殉教の絵画。火刑、動物刑の公開処刑が描きこまれている

死刑は、文化の違いにより刑罰の重みを表すものであり、世界各地で死刑執行された記録が残こされる。石器時代遺跡から処刑されたと思われる遺体が発見されることもある。

死刑は、身体刑と並び、前近代(おおむね18世紀以前)には重罪を犯した者に課される一般的な刑罰であった。人類刑罰史上最も古くからある刑罰であるといわれ、有史以前に人類社会が形成された頃からあったとされる[8]。また、「死刑」と呼ばれない刑罰により、多くの罪人が「死に至る(ことが多い)刑罰」もあった。

威嚇効果が期待されていたものと考えられており、すなわち見せしめの手段であった事から、公開処刑が古今東西で行われていた。火刑溺死刑、圧殺、生き埋め、(はりつけ)、十字架刑斬首(ざんしゅ)、毒殺、車裂(くるまざき)、鋸挽き釜茹石打ち電気椅子など執行方法も様々であった。近年では、死刑存置国の間でも絞首刑銃殺刑電気椅子、ガス殺、注射殺(毒殺)・服毒など、比較的苦痛の少ないと考えられる方法を採用されている。刑罰の歴史上では文明化と共に死刑を制限することが顕著である[9]

刑罰として死が適用される犯罪行為も、必ずしも現代的な意味における重犯罪に限られていたわけではない。窃盗や偽証といった人命を奪わない罪状を含んだほか、社会規範・宗教的規範を破った事に対する制裁として適用される場合もあった。たとえば、中世ヨーロッパでは姦通を犯した既婚者女性は原則的に溺死刑に処せられていた[注釈 3]。叛乱の首謀者といった政治犯に対するものにも適用された。

死刑は、為政者による宗教弾圧の手段として用いられたこともあり、ローマ帝国時代のキリスト教徒迫害や、江戸時代長崎で行われたキリシタンの処刑のように、キリスト教徒の処刑が多数行われていた。一方魔女裁判のように、宗教者たちによって死に追いやられた人々も多かった。

その後、近代法制度の確立に伴い、罪刑法定主義によって処罰される犯罪行為が規定され、それに反した場合に限り刑罰を受けるというように限定された。近代法制度下では、どのような犯罪行為に死刑が適用されるかが、あらかじめ規定されている。また18世紀頃から身体を拘束・拘禁する自由刑が一般化し、死刑は「重犯罪向けの特殊な刑罰」という性格を帯びるようになった。死刑の方法もみせしめ効果を狙った残虐なものから絞首刑など単一化されるようになった。

20世紀中期以降は、死刑を存置する国家では、おおむね他人の生命を奪う犯罪のうち、特に凶悪な犯罪者に対し死刑が適用される傾向がある。ただし戦時犯罪については死刑を容認している国も残されており、上官の命令不服従、敵前逃亡、外患誘致、スパイ行為といった利敵行為などに対して適用される場合がある。また、21世紀になっても、国によっては重大な経済犯罪・麻薬密売・児童人身売買・といった直接に他人の生命を侵害するわけではない犯罪にも死刑が適用されることがあるほか、一部国家[10]では、窃盗犯であっても裁判によらず即決で公開処刑される事例が存在する。
死刑の目的
死刑とはいかなる類の刑であるか

ドイツの哲学者イマヌエル・カントは「刑罰は悪に対する悪反動であるため、犯した犯罪に相当する刑罰によって犯罪を相殺しなければならない」として「絶対的応報刑論」を唱えた。これに対して「刑罰が応報であることを認めつつも、刑罰は同時に犯罪防止にとって必要かつ有効でなくてはならない」とする考え方は「相対的応報刑論」という。

日本で、死刑を合憲とした1948年(昭和23年)の最高裁判例では、「犯罪者に対する威嚇効果と無力化効果(隔離効果)による予防説に基づいて合憲」としており、応報刑的要素についての合憲性は排除されている。なお、予防説では「死刑は一種の必要悪であるとして、犯罪に対する反省もなく、改善不能で矯正も不可能な犯罪者は社会防衛のために死刑にするのもいたしかたない」との死刑存置派からの論拠がある[11]
死刑の法的根拠

刑罰は応報的な面があるのは事実であるが、死刑が社会的存在を消し去るものであるため、死刑が近代刑罰が忌諱する応報的な刑罰ではないとする法学的根拠が必要とされている。一般予防説に従えば、「死刑は、犯罪者のを奪うことにより、犯罪を予定する者に対して威嚇をなし、犯罪を予定する者に犯行を思い止まらせるようにするために存在する」ことになる。

特別予防説に従えば、「死刑は、矯正不能な犯罪者を一般社会に復して再び害悪が生じることがないようにするために、犯罪者の排除を行う」ということになる。しかし、より正確に「特別予防」の意味をとると、「特別予防」とは犯罪者を刑罰により矯正し、再犯を予防することを意味するため、犯人を殺してしまう「死刑」に特別予防の効果はない。仮釈放のない絶対的終身刑にも同様のことがいえる。

日本やアメリカなど、死刑対象が主に殺人以上の罪を犯した者の場合、死刑は他人の生命を奪った(他人の人権・生きる権利を剥奪した)罪に対して等しい責任(刑事責任)を取らせることになる。

一般的な死刑賛成論者は予防論と応報刑論をあげるが、応報論の延長として敵討つまり、殺人犯に対する報復という発想もある。近代の死刑制度は、被害者のあだ討ちによる社会秩序の弊害を国家が代替することでなくす側面も存在する。国家の捜査能力が低い近代以前は、むしろ仇討ちを是認あるいは義務としていた社会もあり、それは被害者家族に犯罪者の処罰の責任を負わせて、もって捜査、処罰などの刑事制度の一部を構成させていたという側面もある。

殺人などの凶悪犯罪では、裁判官が量刑を決める際に応報は考慮されている。基本的には近代刑法では応報刑を否認することを原則としているが、実際の懲役刑の刑期の長短などは被害者に与えた苦痛や、自己中心的な感情による犯行動機があるなど酌量すべきでないなど、応報に基づいて行われている。ただし、死刑の執行方法は被害者と同様(たとえば焼死させたからといって火あぶりに処すなど)の処刑方法でなく、「人道的」な方法が取られる。

日本では日本国憲法下で初めて死刑を合憲とした判決(死刑制度合憲判決事件最高裁判所昭和23年3月12日大法廷判決)において、応報論ではなく威嚇効果と無力化効果(隔離効果)による予防説に基づいて合憲とされた。
抑止効果

個別の刑罰の特別抑止(再犯抑止)効果を除いた一般抑止効果は、死刑や、終身刑およびほかの懲役刑も含めて、統計上効果が実証されていない。一般論として、死刑反対派は「死刑による犯罪の一般抑止効果の統計的証拠がないこと」、死刑賛成派は「死刑代替刑による威嚇効果が十分でないこと」を指摘する。抑止効果の分析方法には地域比較と歴史的比較がある。地域比較では国や州の制度の違いによって比較が行われる。

地域比較としては、アメリカ合衆国の1960年から2010年までの、「死刑制度がない州・地域」と「死刑制度がある州・地域」の殺人発生率を比較(死刑がない州地域とある州の数は時代の進展とともに変化している)すると、死刑制度がある3州の殺人率の平均値は死刑制度がない州や地域と、いずれの年度も近似値であり統計上有意な差異は確認されていない[12][13][14][15][16][17][18][19]

主要工業国(先進国・準先進国)で死刑を実施している国としては、日本、アメリカ合衆国、シンガポール、台湾などがあるが、アメリカ合衆国の殺人率は先進国の中では高く他国の殺人率は低い[20][21][22][23][24]ので、個々の国の殺人率は死刑制度の有無や刑罰制度の重軽により決定されるわけではなく、殺人に対する死刑の一般抑止効果としては、国や州や地域別の比較には意味がないとの指摘もある。

時代的比較では、死刑が廃止された国での廃止前・廃止後を比較する試みがされる。しかし様々な制度や文化、教育、経済など様々な社会環境の変化も伴うため、分析者によってさまざまな結論が導き出されており、それだけを取り出して検討するのは困難である。ただし現段階においては、廃止後に劇的に犯罪が増加・凶悪化した例はこれまでにはなく、また劇的に犯罪が減少した例もない。

精神科医作家加賀乙彦は著書『死刑囚と無期囚の心理』の中で、確定死刑囚44人を調査した結果、犯行前や犯行中に自分が犯している殺人行為によって死刑になるかどうかを考えた者はいなかったと報告している。この結果を見て、犯行後に死刑を回避するため目撃者さえ殺害したものまでいたため、無我夢中に殺人をしたものに対する犯罪抑止力はほとんど期待できないと結論付けた。ただし、死刑の可能性を考慮して殺人行為を思い止まった者は、当然、死刑囚にはならないので、死刑の抑止力が働かなかった者だけを例にあげて死刑の抑止力がないと主張するのは無理がある。

自分自身の生命すら省みない自暴自棄な者や、行政機構による自身の殺害を望む自殺志願者、殺人による快楽のみを追い求める自己中心的な、いわゆる「シリアルキラー」には抑止力が働かない例がある。アメリカでは、死刑制度のある州でわざわざ無差別に殺人を犯す者、死刑廃止州で終身刑で服役している囚人が死刑存置州で引き起こした殺人事件を告白し自ら望んで死刑になる者が存在する。例えば、死刑制度のないミシガン州から死刑存置州のイリノイ州に転居して8人を殺害したリチャード・スペックや、死刑廃止州のミネソタ州と死刑存置州のアイオワ州の双方で殺人を犯したチャールズ・ケリーやチャールズ・ブラウンはいずれもアイオワ州で裁判を希望して死刑を受け入れたという。


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