共和制
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共和制独裁政治の体制は、文民が支配する文民独裁と軍部が支配権を握る軍事政権の2つに分かれ、文民独裁はさらに、独裁者個人が大きな権限を握る個人支配体制と、ひとつの支配政党が全権を握る一党独裁制に区分される[50]

民主共和制国家の体制は、執政府の長官と議会との関係によって、大統領制半大統領制議院内閣制の3つに区分される。大統領制は有権者が直接執行府の長官である大統領を選出し、議会が大統領を罷免することは特殊な場合を除きできない。これに対し議院内閣制では、執行府の長官たる首相は民主的に選出された議会から選出され、同様に議会が首相を罷免することも可能である。半大統領制の場合、大統領は有権者から直接選出され、首相は議会から選出される。半大統領制では議会が大統領を罷免することはできないが、大統領が首相を罷免することは可能な国家と不可能な国家の2種類が存在する[51]

大統領は常に権限を持っているわけではなく、ドイツのように大統領の権限が儀礼的なものにとどまる国家も存在する[52]。また執政府の長官の名称が大統領であっても国民から直接選出されるとは限らず、南アフリカのように議会から選出される議院内閣制の大統領も存在する[53]
種類

近代以降の共和制の分類には建国の理念などにより以下があるが、自称である国号とは異なる場合も多く、その定義や範囲は曖昧である。

(一般的な共和制) - 自由主義民主主義などを標榜する共和制。18世紀、アメリカ独立革命フランス革命などにより誕生。後述の社会主義共和国等と対比させて自由主義(ブルジョワ資本主義)国などと呼ばれる場合もある。

社会主義共和制 - 社会主義を標榜する共和制。通常は憲法等の基本法により一党制党の指導性)を明記した共和国。1917年にロシア革命により帝政打倒したロシア・ソビエト連邦社会主義共和国が誕生した。

イスラム共和制 - イスラム国家における共和制。1979年にイラン革命により王政打倒したイラン・イスラム共和国などで採用された。

連邦共和制 - 連邦を主体とした共和制。

国家が標榜する思想や宗教による共和国の分類では、社会主義国社会主義を標榜する共和国であり、多くの国は「社会主義共和国」や「人民共和国」を名乗り、プロレタリア独裁の立場から共産党による指導を定めた。

また1977年から2011年までのリビアは「大衆による共和国」を意味するジャマーヒリーヤを名乗り、イラン革命以後のイランは宗教指導者による指導を重視しイスラム共和国を名乗っている。

共和制の中に、特に民主主義を国の基本的な原則として重視する制度は民主共和制と言い、この制度を採用する国は民主共和国と言う。(ドイツ民主共和国など例外あり)
議論
君主との関係「君主」および「君主国」も参照

共和制は君主が存在しない政体だが、君主の定義や範囲は曖昧で時代や地域によっても異なる。このため公式には共和制でも世襲による君主的存在を元首とする場合や、逆に公式には君主制でも君主が儀礼的な権限しか持たない場合もあり、その境界や用語は曖昧である。共和制と君主の関係や用語が議論となる主な例には以下がある。

帝政ローマローマ皇帝は、政体は共和制で皇帝はプリンキパトゥス(元首)であった。

ヴェネツィア共和国ドージェは、貴族の選挙で選ばれ終身であった。

フランス第一帝政フランス皇帝は、政体は共和制で皇帝は「フランス人民の皇帝」であった。

ポーランド・リトアニア共和国複合君主制だが、選挙君主制で王に統治権は無く(君臨すれども統治せず)、貴族共和国や黄金の自由とも呼ばれる。

インドネシアは共和制だが、各地方の首長的存在としてスルターンが存在する。

日本共産党が目指す民主共和制は天皇の存在自体は否定していない。あくまで国民主権の立場から直接選挙で選ばれた人物を国家元首とすることが目的である。

近代に設立された君主的政体は、その正統性が伝統的な貴族社会にではなく、むしろそれを打倒した革命に求められるため「共和国」を名乗る(「フランス共和国皇帝」を名乗ったナポレオンなど)。

朝鮮民主主義人民共和国シリア・アラブ共和国においては世襲による指導者による強権的独裁が続いており、国名と実態の不一致を批判する目的で「金氏王朝[54]」「アサド朝[55]」との揶揄がある。
民主主義との関係「民主主義」も参照

共和主義(君主制廃止)と民主主義(大衆支配、人民支配)は、歴史的、概念的、制度的に密接な関連性があるが、同一ではない。民主主義は組織の支配者が多数である事を意味し、重要問題の最終決定権すなわち主権が人民(市民、国民)にあるという思想・体制・国を指す。例えばフランス革命ではジャコバン派独裁により恐怖政治を行ったが、政体は共和制である。またイギリスは現在では通常は民主国家と呼ばれるが君主制である(立憲君主制)。

共和主義と民主主義の関係は、政治理念の他に、その時代や地域の経緯も影響している。共和主義の立場では、君主は本来は国の私的な所有者・支配者であるため、国民から選出される大統領などが元首となる方が、民主主義および平等主義を徹底させた形態と考える。これに対して立憲君主制の立場では、形式的には君主国でも憲法等により君主の権限を大幅にまたは全て制限すれば、実質的な民主主義(国民主権)は確保できると考える。独立後のアメリカ合衆国の共和主義では、共和主義者は主に中道右派や保守派として代議制(間接民主主義)を重視して共和党への流れを形成し、民主主義者は選挙権の拡大直接民主主義を重視して民主党への流れを形成した。
独裁との関係「独裁政治」も参照

一般には、支配者が多数(民主主義、合議制など)となった体制において、1人または少数が権力を独占して支配を確立する事が「独裁」と呼ばれる。このため民主制や共和制で発生した権力独占は「独裁」と呼ばれ、君主国で発生した権力独占は「専制」とされ「独裁」とは呼ばれない傾向がある。また独裁者の多くは、共和制や民主制の実現や防衛を主張している。

歴史的に著名な、共和国における独裁には以下がある。

共和政ローマガイウス・ユリウス・カエサルが終身の独裁官に就任し、後の帝政ローマの基礎となった。

フランス革命ジャコバン派が独裁的権力を確立し、恐怖政治を行った。更にナポレオン・ボナパルトが独裁的権力を確立し、フランス皇帝に即位した。

ロシア革命十月革命)でボリシェヴィキロシア共産党)がプロレタリア独裁を掲げて独裁的権力を確立した。


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