公共の福祉
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なお、公共の福祉による人権制約は法令によってのみ行われ、法令による規制が合理的であるかどうかは違憲立法審査によって行われる。法令以外によっての公共の福祉による人権制約は許されない。例えば契約書や約款・就業規則等の規定が公共の福祉の根拠となることはない。なぜなら民法90条「公序良俗に反する契約は無効」とは全く異なる概念であるからである。
近時の学説

近年、一元的内在制約説の理論的妥当性は、大いに疑問視されるようになっている[4]長谷部恭男は、人権を制約する根拠となるのは、かならず他の人権でなければならないとの前提は、『人権』という概念をよほど拡張的な意味で用いない限り理解が困難であり、すべての規制が公共の福祉という概念で一元的に説明がつく一方、公共の福祉を名目とする国家による規制をも、無制約とする危険を孕んでいると批判している[5]

もともと「公共の福祉」は、国家ないし国家活動の目的一般を指すことばであり、人権相互の矛盾・衝突の調整を「公共の福祉」の名で呼ぶことへの疑問は、内在制約説の提唱者である宮沢俊義自身が認めるところでもあった[6]。また、従来憲法学者の間では、人権規制の限界画定に関する基準を、各個の権利・自由につき具体的に明らかにすることに主眼が置かれ、「公共の福祉」の原理そのものの意味について、必ずしも深く考察されてこなかった[7]

そこで、近時の学説では、人権の制限根拠を人権相互の矛盾・衝突の調整に限定せず広く認めた上で、より詳細な類型論によって、公共の福祉の意味を限定しようと試みられている。

佐藤幸治は、内在的制約原理と政策的制約原理を区別し、いずれの原理が指導原理となるかは各基本的人権の性質に応じて決まり、22条と29条とは後者の制約原理が妥当する機会が多いことからとくに再言されたものと解し、さらに、22条の移転の自由は内在的制約のみに服するとしている[8]

浦部法穂は、(1) 他人の生命・健康を害する行為の排除、(2) 他人の人間としての尊厳を傷つける行為の排除、(3) 他人の人権と衝突する場合の相互の調整の必要という人権の観念それ自体から導かれる内在的制約のほか、経済的自由権には政策的制約があるとしている[9]

高橋和之は、人権制約はすべての個人に等しく人権を保障するために必要な措置と捉え、人権衝突の調整のほか、他人の利益のために人権を制限する措置や本人の利益のために本人の人権を制限する措置も公共の福祉に含まれるとする[10]

内野正幸は、「公共の福祉」の内容を「自由制約正当化事由」として包括的に分析し、その内容として、(1) 他者の権利・利益(治安・公衆衛生なども含む)の確保、(2) 本人の客観的利益の確保、(3) 公共道徳の確保、(4) 経済取引秩序の確保、(5) 自然的・文化的環境の保護、(6) 国家の正当な統治・行政機能の確保、(7) 社会政策的・経済政策的目的の実現(財政政策に基づくものや、事業の公共性を理由とするものをも含む)を挙げる[11][12]

渋谷秀樹は内野の7類型を整理して、(1) 他者加害の禁止、(2) 自己加害の禁止、(3) 社会的利益の保護、(4) 国家的利益の保護、(5) 政策的制約の5類型とし、(1) (3) を内在的制約、(4) (5) を外在的制約、(2) をこれらと異なるパターナリスティックな制約とする[13]

初宿正典は、人権相互の衝突の調整を根拠とする人権制約を「公共の福祉」とは別の問題であるとしている[14]

松井茂記は、人権は他人の人権を侵害するするときにのみ制約されうるという原理を貫徹はできておらず、公共の福祉を人権相互の調整原理と信じ込むのは危険であると提唱している。そして、どのような場合にどこまで許されるかを具体的に考えたほうが良いという見解で、目的達成のためにとられた手段がその目的とどのように関連しているのかを考えるべきで、公共の福祉による制約を受けるかばかり議論していては意味がないとしている[2]

広中俊雄は、公共の福祉は、「『私益』に対する『公益』の優先あるいは『各個を超越した全体』(国家や『民族共同体』等)の利益を説いた団体主義・全体主義とは全く無縁のもの」であるとした。[15]

大村敦志は「公共の福祉」について、「生活利益や競争利益」に限定されるという見解に対し、権利の外延が定まっていないようなケースの場合には、「一方で『公共の福祉』を念頭に置きつつ、ルールを生成させる必要がある」とした。そして、「生活利益」や「競争利益」に加えて、「人間の尊厳」も加えるべきであるとした。[16]

松坂佐一は、「私権はもとより直接には権利の主体たる個人の利益を保護するために、認められるものであるが、間接的にはそれを求めることが同時に社会的幸福を増進すると考えられているからであ」り、「公共性ということは私権に内在する性格だと言わねばなら」ず、「初期の市民社会においては、封建的拘束から解放された個人をして、不羈独立の立場で自由に個人的利益を追求せしめることが最も社会の幸福を増進する所以であった」とした。[17]

以上の様に様々な見解が見られ、憲法学者の間では、公共の福祉を『人権相互の矛盾・衝突』の調整原理としてのみ狭く捉える見解はむしろ少数派であって、何らかの意味で公共の利益も『公共の福祉』の内容として認める見解が一般的である[18]。しかしながら、このような見解においても、公共の福祉それ自体が基本的人権制約の正当化事由となるわけではなく、全体の利益が個人の権利・利益を凌駕することを意味するわけではない[19]
公共の福祉の内容

一元的内在制約説における公共の福祉の内容については、「自由国家的公共の福祉」と「社会国家的公共の福祉」があるとする。
自由国家的公共の福祉

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自由国家的公共の福祉とは、形式的公平・内在的制約・消極目的規制ともいわれ、「各個人の基本的人権の共存を維持するという観点での公平」であって、具体的には、『国民健康・安全に対する弊害を除去』を目的とする制約」と解するのが多数説であるが、「他人の権利を害さないことと、基本的憲法秩序を害さないこと」を目的とする制約、と解する有力説(芦部)もある。

そして、自由国家的公共の福祉は、内心の自由を除く全ての人権に妥当するとされる。
社会国家的公共の福祉

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社会国家的公共の福祉とは、実質的公平・政策的制約・積極目的規制ともいわれ、「形式的公平に伴う弊害を除去し、人々の『社会経済水準の向上』を図るという観点での公平」と解するのが通説である。例えば、弱者保護や社会経済全体の調和ある発展のための規制である。

社会国家的公共の福祉は、経済的自由権社会権に妥当する、とする説や、経済的自由権にのみ妥当する、とする説が有力である。これは積極目的規制が形式的公平を害するおそれがあるため限定的でなければならないからである。
消極目的規制の事例

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精神的自由権等の重要な人権には、自由国家的公共の福祉すなわち消極目的規制のみが可能である。

消極目的規制の代表例としては、集会の自由を制限する凶器準備集合罪の規定や、表現の自由(集団示威行進)を制限する公安条例の規定(デモ活動の許可制)がある。一般に人権制限には、制限目的の合理性と制限手段の合理性が必要とされるが、集会の自由や表現の自由にも消極目的規制は可能であり、消極目的規制とは 国民の健康・安全に対する弊害除去を目的とする制約 と解する多数説でも、これらの場合は国民の安全が害されるおそれがある場合であるから制限目的は合理的といえる。
特殊事例

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憲法学が一応正面から論じてはいるが、公共の福祉との関係などの理論構成が不明確な事例として、在監関係・公務員関係(部分社会の法理)・未成年者の人権制限国立大学学生がある。


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