全身麻酔
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麻酔の目的は、次の4つの基本的な要素またはエンドポイント(臨床評価項目)に集約される[34][35]。一方、麻酔の3要素(: Triad of Anesthesia)として、意識消失、鎮痛、筋弛緩[2][3][4]、これに自律神経反射抑制を加えた4要素に単純化した考え方も古くから存在する[5][6][36]
鎮痛(Analgesia): 感覚の喪失、自律神経反射を鈍らせる。不十分な鎮痛は頻脈高血圧を引き起こす[37]

不動化(Immobilization): 筋弛緩とも呼ばれ、主として神経筋遮断薬による。神経筋遮断薬は神経筋接合部に作用して筋弛緩作用を発現する[38]

健忘(Amnesia):術中の記憶の喪失。

意識消失(Unconsciousness): 一時的に意識を失うことであり、鎮静(Sedation)ないしは催眠(Hypnosis)とも称される。しかしながら、鎮静は麻酔の目的のみならず、麻酔の方法そのものを意味することがあり、催眠は催眠術のように、意識がある状態で何らかの暗示にかかることをも意味する。
鎮静」および「催眠」も参照
生化学的作用機序網様体(青矢印)

全身麻酔薬生化学的な作用機序(英語版)はよく分かっていない[39]が、種類により、作用機序は大きく異なる。詳細は「全身麻酔薬#作用機序」を参照

植物も動物同様に麻酔薬による作用をうけることは分かっている[40]。意識を失わせるために、麻酔薬は無数の作用部位を持ち、中枢神経系(CNS)に複数のレベルで作用する。全身麻酔は、大脳皮質視床網様体賦活系脊髄を含む中枢神経系構成要素の機能を抑制・変化させるのが一般的である。麻酔状態に関する現在の理論では、中枢神経系における標的部位だけでなく、無意識と関連した神経ネットワーク(英語版)や覚醒回路も特定されており、一部の麻酔薬は特定の睡眠活性部位を活性化する可能性があることが分かっている[41]。全身麻酔に用いられる薬剤のうち、オピオイドベンゾジアゼピンは結合する受容体が特定され、作用機序が判明しているが、他の薬剤は未解明の部分が残っている[42]

全身麻酔は、神経信号の抑制性伝達を増強するか、あるいは興奮性伝達を減少させるという仮説が立てられた[43]。全身麻酔薬の主要な分子薬理学的標的は、GABAANMDAグルタミン酸受容体であると考えられている[43]。ほとんどの吸入麻酔薬はGABAAアゴニストであることが判明しているが、受容体への作用部位は不明なままである[44]ケタミンは非競合的なNMDA受容体拮抗薬(英語版)である[45]吸入麻酔薬静脈麻酔薬プロポフォールバルビツール系)は、麻酔作用を発揮するには、オピオイドやベンゾジアゼピンの数十倍から1000倍の組織内濃度を必要とする[46]。このことは、これらの麻酔薬の作用機序が特定の受容体への結合だけでは説明できない傍証となっている[47]細胞膜脂質ラフト

吸入麻酔薬は、化学構造と特性から、細胞膜を標的とすることも示唆されているが、その正確なメカニズムは100年以上謎のままであった。2020年の研究では、吸入麻酔薬(クロロホルムイソフルラン)が脂質ラフトへのホスホリパーゼD2(英語版)の局在を乱し、シグナル伝達分子であるホスファチジン酸の産生につながることが実証された。シグナル伝達分子はカスケード反応(英語版)を引き起こし、最終的にはTWIK関連K+チャネル(TREK-1)を活性化させる。ホスホリパーゼD2遺伝子欠損 (PLDnull)ミバエは麻酔抵抗性であることが示されており、この結果により、吸入麻酔薬の標的が細胞膜介在性であることが確立された[48][49]
術前評価手術予定の子供の口を大きく開けさせて、麻酔科医が気道の評価を行っている。「麻酔前評価」も参照

予定手術の前に、麻酔科医はカルテを調べたり、患者の問診をしたりして、病歴に関する情報を入手し、周術期のリスクを判断する。問診に基づき、麻酔科医は麻酔計画を立て、手術に最適な薬剤の組み合わせと投与量を決定する。また、安全で効果的な手術を行うために、モニタリング機器を追加する必要がある場合もある。この評価で重要なのは、患者の年齢、性別、ボディマス指数(BMI)、病歴、手術歴、現在服用している薬、絶食時間などである[50][51] 。術前の徹底的かつ正確な評価は、麻酔計画の効果的な安全性を確保するために極めて重要である。例えば、アルコールやレクリエーショナルドラッグ(英語版)を大量に摂取している患者が、その事実を開示しなかった場合、手術中に薬物投与量が不足し、術中覚醒や術中高血圧の原因となる可能性がある[52][53]。また、一般的に使用されている薬剤は麻酔薬と相互作用する可能性があり、そのような使用状況を開示しないと、手術中のリスクが高まる可能性がある。また、最後の食事からある程度時間が経過していないと、食物の誤嚥の危険性が高まり、重篤な合併症につながる可能性がある[54]

麻酔前の評価で重要なのは、開口状況の確認と咽頭の軟部組織の観察を含む患者の気道の評価である[55]。歯の状態や歯冠の位置を確認し、頸部の柔軟性と伸展性を観察する[56][57]。最も一般的に行われている気道評価はマランパチ分類で、口を開けて舌を出した状態で軟口蓋の構造を見ることができるかどうかで気道を評価するものである。マランパチテストだけでは精度が低いため、マランパチテストに加え、開口度、甲状頤間距離、頸部可動域、下顎骨突出などの評価も日常的に行われている。また、気道の形態異常が疑われる患者には、内視鏡検査や超音波検査で気道の評価を行った上で、気道確保を計画することもある[58]

アメリカ麻酔科学会(英語版)では全身状態を6つに分類しており、ASA-PS(ASA physical status)と呼んでいる。手術前のASA-PSと予後は相関する。

予定手術であれば十分な時間をかけた術前評価が可能だが、緊急手術の術前評価は時間的な制限が多い。「ASA-PS」および「待機的手術」も参照
前投薬詳細は「麻酔前投薬」を参照前投薬に頻用されるミダゾラム注射液のバイアル

全身麻酔を行う前に、麻酔科医は麻酔の質や安全性を補ったり向上させたりするために、1種類以上の薬剤を投与することがある。これを前投薬という。前投薬の多くには弱い鎮静効果があり、手術中に使用する麻酔薬の量を減らすことができる場合が多い[59]

海外でよく使われる前投薬にα2アドレナリン作動薬(英語版)であるクロニジンがある[60][61]。術後シバリング(英語版)[62]術後の悪心・嘔吐[63]、覚醒時せん妄(英語版)を軽減する[64]


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