全体主義の起源
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スターリンは、人が心のなかで感じる友情や敵意が無意味であることを、自分が最も信頼できる味方を皆殺しにすることで証明した[7]。強制収容所に収容された「客観的な敵」が、意識的に自由に賭けようとした人間の立場は馬鹿げたものとなった。「客観的な敵」は、「客観的な基準」に従って、当人がどういう人間であるかということからいえばまったく恣意的に選定されたが、過去の暴君支配にも、これほど効果的かつ徹底的に人間の自由を否定したものはなかった[7]。ナチスやソ連の全体的支配は、罪の概念を廃棄する代わりに、「望ましからぬ者」「生きる資格のない者」という新しい概念を持ち出し、彼らは、あたかもかつて存在したことがなかったかのように地表から抹殺されていったのである[8]
中華人民共和国

中華人民共和国では独裁の初期段階では、相当な流血があり、推定1500万人が犠牲者となった。ただしこれは比率からすればスターリン時代のロシアの人口減少よりも少ない[9]毛沢東の1957年演説「人民内部の矛盾を正しく処理することについて」は「百花斉放」政策でも知られるが、これは自由を主張したものではなく、共産党独裁のもとでも矛盾があるが、反対者は「思想矯正」によって鍛え直すという方法で扱われた[9]中国共産党は「イデオロギー的には不可謬でなければならず、政治的には世界支配を目指すインターナショナルな運動」を志しており、その全体主義的特質は最初から明白だった[5]。中国共産党がとった国際政策は、すべての国の革命運動に中国の手先を潜入させ、北京の指導のもとでコミンテルンを復活させようとする極度に強引な政策だったとアーレントはいう[5]
評価

ル・モンドは、「20世紀の本100冊」に選んだ。ナショナル・レヴューは20世紀のノンフィクション100冊のリストの15位と位置づけた[10]。インターカレッジ・スタディーズ・インスティテュートは20世紀のノンフィクション50冊に挙げた[11]

ノーマン・ポドレツはアレントのこの本に影響を受け、同書は、ナチズムと共産主義は兄弟であること、そして、古典的な専制が政治的に限定された権力を独占するのに対して、ナチズムと共産主義の二つの全体主義体制は、人々の生活のすみずみに渡って完全な支配を行おうとしたこと、共産主義は、ヒューマニズム的なレトリックを用いるが、ナチズムと同様の「絶対的な悪」であることを証明した[12]

シカゴ大学のバーナード・ワッサースタインは、アレントは政治経済、外交、軍事戦略について無知であり、反ユダヤ主義の文献を用いていると批判した[13][14]

しかし、ワッサースタインに対する反論としては、アーレントの『エルサレムのアイヒマン』を痛烈に批判していたゲルショム・ショーレムは『全体主義の起源』を称賛していたことを挙げることができる[15]。ショーレムはエルンスト・ブロッホとともに、ユダヤ人迫害の時代の資料としては、反ユダヤ主義の情報源も生き残った資料として扱うこともあると述べている[16][17]

歴史学者エマニュエル・サーダは、科学的人種主義の台頭が帝国主義の台頭と直接相関しているというアーレントや、一般的な学術的コンセンサスに対して、ゴビノーのような人種思想が、ヨーロッパの植民地主義の科学的正当化において重要な位置を占めていることを支持する証拠はほとんどなく、アーレントは、全体主義を形成する上での人種主義の役割を過度に強調していると批判している[18]

ユルゲン・ハーバーマスは、アーレントによるマルクス主義の全体主義的解釈を支持しており、ハーバーマスは、生産力の解放の可能性に対するマルクスの明白な過大評価には全体主義的視点の限界があると指摘しており、アーレントの批判を拡張した[19][20]

川崎修は、当時利用できた資料の制約や実証性に欠ける議論のために、ナチズムやスターリニズムに関する歴史書としての役割は終えているが[21]、政治理論の書としては、現代に生きる我々が参照する価値を今もなお有しているとする[22]
日本語訳

ハンナ・アーレント『全体主義の起原』
みすず書房(全3巻)、1972‐74年、新装版1981年、再訂版2017年。※訳題は〈起原〉表記、「1 反ユダヤ主義」大久保和郎訳、「2 帝国主義」大島通義大島かおり訳、「3 全体主義」大久保和郎、大島かおり訳

参考文献

アーレント, ハンナ (2017), 全体主義の起原 3 全体主義, (原著英語版, 1951 / ドイツ語版, 1955), みすず書房 

太田哲男『ハンナ=アーレント 人と思想180』 清水書院、2001年、新装版2016年 - 新書判、第2章に「全体主義の起源」

川崎修『ハンナ・アレント』 講談社学術文庫、2014年全4章で、第1章:十九世紀秩序の解体、第2章:破局の二十世紀(副題は『全体主義の起原』を読む 前・後編)

関連文献

川崎修『アレント 公共性の復権』「現代思想の冒険者たち」
講談社、1998年、新装版2005年。上記の元版

牧野雅彦『精読 アレント『全体主義の起源』』 講談社選書メチエ、2015年。ドイツ語版と英語版の異同も読解

牧野雅彦『ハンナ・アレント 全体主義という悪夢』「現代新書100・今を生きる思想」講談社現代新書、2022年。続編

仲正昌樹『悪と全体主義 ハンナ・アーレントから考える』 NHK出版新書、2018年

出典^ a b c アーレント 2017, p. xix-xx..
^ a b c アーレント 2017, p. 70.
^ a b アーレント 2017, p. 131-132.
^ a b アーレント 2017, p. 148-149.
^ a b c アーレント 2017, p. xv.
^ a b c アーレント 2017, p. 208-211.
^ a b アーレント 2017, p. 230.
^ アーレント 2017, p. 231.


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